福祉施設に増えるヤギ なぜ? 「なごみ」と「面倒くささ」で予想外の効果 #老いる社会
石井さんは、ヤギを飼う「面倒くささ」こそ、多様性のある人間関係を育む要素だと感じている。 「ヤギが1頭いるだけで世話という面倒な『仕事』が多く発生する。すると、人との関わりを苦手とする人が、自分から進んで取り組んでくれたりする。ヤギの世話を通じた『仕事』がいろいろな関係性や出会いを生んでいく。ごちゃまぜの関係性って、こういうところが面白いんです」
閉ざされた福祉施設に外部の人を呼び込む「アイコン」
宮城県仙台市の住宅街。人通りのある場所に牧場風の小屋が立つ。庭でのんびり草を食(は)むのは、白と黒の2頭のヤギだ。 昼下がり、通りがかった若い女性が足を止め、「きゃ、おっきいヤギ!」と歓声を上げた。2頭はオスの兄弟で、ともに硬そうでカールした角がある。ヤギ小屋の看板には「だいふくとごまぞう」と名前が書かれている。
午後3時過ぎ。ヤギ小屋がある庭に複数のスタッフや利用者が出てきた。ヤギ小屋の後ろの施設からは帰り支度を済ませた障害者が外に集まってきた。敷地内の保育園からも2、3歳児が次々に出てきて、餌のニンジンをヤギにあげ始めた。そこに放課後等デイサービスを利用している小学生も入ってきた。 実は、この敷地全体は「アンダンチ」という福祉の複合施設だ。高齢者が住むサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)のほか、障害者の就労支援を行う事業所や保育園など多様な施設が配置されている。一般客向けの玄米食レストランもある。2018年に開所した。 2頭のヤギ、だいふくとごまぞうは、この複合施設の開所時からの仲間だ。アンダンチを運営する福井大輔さん(40)は、ヤギを飼い始めたのは戦略的な考えがあったと話す。 「施設内に高齢者の住まいを構想した時、『外の人を呼び込む接点』が必要だと最初に考えたんです。例えば、サ高住の建物の一角で『駄菓子屋』を開こうと発想したのもそう。近隣の子どもたちが立ち寄りやすくするためです。駄菓子屋に来れば、そこでお年寄りと触れ合う機会が増えるかもしれない。そうなると、お年寄りにとっても部屋の外に出るのがいい刺激になる。そういう接点をつくることが必要だと感じて、ヤギはその戦略の中でも重要なアイコンだと考えました」 福祉施設の利用者ではない近所の住民がぶらりと訪れる。そんな地域交流の実践に注目が集まり、アンダンチには全国から視察の人々が訪れる。