福祉施設に増えるヤギ なぜ? 「なごみ」と「面倒くささ」で予想外の効果 #老いる社会
次々に現れた「餌やり隊長」と「ごちゃまぜ」の関係性
一方で、ヤギは人間関係を円滑にもする。石井さんがそう実感したのは、餌やりを通じてだった。 近くに住む太田正子さん(78)は施設に来ると、ツノ子にカゴいっぱいの野菜くずを差し出す。すり寄ってくるツノ子にギュッとハグをする。 「この子は甘えん坊でなついちゃってね。いつもあたしのこと、しっぽ振って待ってるの」 太田さんはいしいさん家の敷地の元・地主だ。石井さんと関わりが深く、ちょくちょく口げんかをする間柄でもあったが、ヤギが来てから少し変わった。太田さんがツノ子の「餌やり隊長」として朝夕欠かさず餌を運んでくる。石井さんはその姿を見て、感謝の言葉が自然と出るようになったという。
太田さんに続くように、その後、地域に第二、第三の「餌やり隊長」が現れた。その一人が、近所に住む50代の男性だ。もともとつながりのある太田さんが、独居で無職のその男性のため、多めに作ったご飯のお裾分けをするなど日常的に世話をしている。男性は介護サービスを受ける必要はないものの、引きこもりがちで人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。そのため、地域のさりげない見守りが必要だった。 一方で、男性はいしいさん家のデイサービス利用者ではない。それでも太田さんから事情を聴いた石井さんは、何らかの関わりを持ちたいと考えるようになった。男性にペンキ塗りの経験があることがわかり、手始めに少額の報酬を支払って、縁側の木材に防腐剤を塗る仕事をお願いした。 だが防腐剤の塗布は、季節に一度ほどで頻度が少ない。そこで、昨秋ヤギが来て餌やりからヤギの世話をお願いした。すると男性は、黙々と世話をし始め、今では太田さんとともに餌やりなどヤギの世話を担っている。 最近は、70代男性も餌やり隊長に加わった。地域の相談事に応じる「中核地域生活支援センター」から石井さんが見守りの依頼を受けた人だ。就労が難しく地域で孤立してしまう可能性のあったこの男性も、頼まれなくても時間になるとヤギを散歩に連れ出してくれるようになった。