仕事・家庭・介護 山積み問題を乗り越える仏教の教え
いつも平常心でいたいのに 問題が起きると余裕がなくなる
仕事で一つトラブルが発生したら、そんな時に限って別のトラブルが起き連鎖してしまった。プライベートでも、子供の進路について家庭内で意見が合わずもめている。遠く離れた故郷に住む親も最近物忘れが増えたように感じ、頭の中を「介護」の文字がよぎる……。 【関連画像】福厳寺住職の大愚和尚 いわゆる「中年」といわれる40代、50代の読者の皆さんは、仕事や家庭、親のことなど、いくつもの問題や課題を抱えていると思います。あるいは自分自身のけがや病気、失業や大切な人との別れなどが訪れることもあるでしょう。それらはいつも「突発的に」訪れると感じていませんか。 何か問題が起こると私たちは気持ちに余裕がなくなり、いっぱいいっぱいになってしまいます。ついイライラして周囲に当たってしまったり、あるいは反対に、いつもならやり過ごせるのに、誰かの何気ない言葉に傷ついてしまったり。どんな時も平常心でいたいと思っていても、余裕がなくなると思いやりの気持ちを忘れてしまうことは誰しもあるはずです。しかし、問題というのはこれからの人生で、必ずや幾度となく訪れるでしょう。ではそんな時、私たちはどう対処すればよいでしょうか。
仏教ではすべては「苦」から始まる
私たちは、知らず知らずのうちに自分の中で「普通」をつくって生きています。例えば子供が生まれたら、この子は幼稚園に行き、小中学校、高校、大学へ行く。風邪などをひくことはあったとしても、大事故に遭うことも、大病をわずらうこともない。就職し、やがて結婚し家庭を持って、平均寿命の80代くらいで死ぬような「普通」の人生だろう、と。そう、何も大きな問題は起きないはずだと思って生きているのです。日ごろから「何か問題が起きる」とは想定して過ごしていませんから、思わぬ出来事に対し「突発的に問題が発生した」と思ってしまいます。 仏教では、「一切皆苦(いっさいかいく)」といって、すべては「苦」からスタートすると説いています。「苦」は苦しいという意味ではなく、あらゆることにおいて「思い通りにならないこと」を指します。「苦」には「四苦八苦」という苦しみがあります。「四苦」とは「生・老・病・死」のこと。生まれ、老い、病気になり、死ぬ。命あるものは皆、どんなに努力をしてもこれらを避けることはできません。 「生・老・病・死」に、次の4つの苦しみを合わせて「四苦八苦」となります。その4つは、愛する人とも必ず別れなければならない「愛別離苦(あいべつりく)」、仕事やプライベートなどで、恨みや憎しみを抱いてしまう人と顔を突き合わせなければならない「怨憎会苦(おんぞうえく)」、求めるものが手に入らない「求不得苦(ぐふとっく)」と、心身を自分の思うようにすることができない「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」です。いずれも、どれほど権力や財産、知性を持った人でも、人間が生きていく上で避けては通れない苦しみです。仏教では、この8つの苦しみが“デフォルト”、つまり初期設定の状態なのです。 ところが私たちは、日常において問題が起きては困ると思って生きています。ですから私たちは、想定や準備をしていないことや、初めての経験に対しては、時に衝撃を受ける場合があります。読者の皆さんのように、仕事も子育ても全力投球をしている世代は、特に「想定外」のことが起きたときパニックになってしまい、自分の人生を大きく崩してしまう人も多いように感じます。