「抜毛症」を秘密にしていた女性 自分らしく生きることを決意させた夫のユーモア
28歳で新橋の芸者に そこで思いがけない出会いが
20代半ば、派遣社員として働いていた光子さんは、所属していたプロジェクト・チームの解散話が出て、自分の人生を改めて考えるようになる。そして、10代のころ憧れていたものの髪がないことで諦めていた芸者になりたいと、一念発起。会社員として働きながら1年間日本舞踊を学び、新橋の置き屋で働き始めた。28歳になっていた。 住み込みで、同僚たちとの共同生活だったが、担当してくれる美容師さんたち以外には、ウィッグであることは秘密。少しだけ残っていた地毛にウィッグを縫いこんで外れないように工夫し、ずっと隠し通していた。 そんな光子さんの前に現れたのが、踊りの師匠としてやってきた33歳年上の尾上菊紫郎さん(当時61歳)だった。教え上手で誰にでも優しく、新入りの自分にもフレンドリーに接してくれる菊紫郎さんに、光子さんはこれまで出会ったことのない魅力を感じて好意を持つ。出会いから半年ほどが過ぎたころ、たまたま2人で食事をする機会が訪れた。そこで菊紫郎さんの恋愛話になり、当時お付き合いしていた女性と連絡が取れなくなって落ち込んでいる様子の菊紫郎さんに、光子さんは思い切って声をかける。 光子「『そんなにウジウジしているんだったら、私でどうですか?』って。私からグイグイいった感じですね。『先生なのに、そういうところで悩むんだなぁ』という、ギャップ萌えもあったと思います」 菊紫郎さんの恋人に立候補した光子さんは、年齢差を気にかけることなく、ことあるごとにアプローチ。光子さんが住み込み生活を終えたころ、2人は交際をスタートさせた。やがて、光子さんが妊娠。産むことを決めた光子さんに、菊紫郎さんは「じゃあ、結婚しようか」と告げる。結婚して、新橋を卒業することにした光子さん。それでも菊紫郎さんに対して、ウィッグを付けていることは隠し続けていた。
出会いから5年 でも秘密を打ち明けられない
結婚後も光子さんは、自分で髪の毛を抜くことをやめられなかった。妊娠したことで、むしろ抜毛症の症状はひどくなっていた。菊紫郎さんが日本舞踊を教えるために毎月2週間ほど京都に出張し、1人でいる時間に不安を抱えて、抜毛が止まらなくなったのだ。 嘘をつき続けているような後ろめたさは、常につきまとっていた。夫婦として暮らしていくために、すべてを見せ合うべきではないのか。いつかは言わなきゃいけない、でも、やっぱり言いたくない……。葛藤を繰り返す中で、光子さんは2013年に長男を出産。分娩室でも、ウィッグはつけたままだった。翌年、2人は結婚式を挙げ、その時点で出会いから5年の月日が流れていたが、まだ光子さんは菊紫郎さんに秘密を打ち明けられないでいた。