二十歳のとき、何をしていたか?/神田愛花 アナウンサーになりたくて、 眼力で勝ち取ったNHKへの道。 無知がゆえ立ち向かえた新人時代。
わんぱくな小学校時代を経て、 女子高で自由を謳歌した。
テレビ局のアナウンサーを経て独立した人って多彩だ。タレント、俳優、はたまた政治家。華やかで清潔感があって、何より声がいいから、好感度が高いのも頷ける。そのなかで異彩を放っているのが神田愛花さんだ。『ぽかぽか』のレギュラーMCとして生放送をきちっと進行する一方、『ドキュメンタル』の番外編『女子メンタル』でアントニオ猪木モノマネを披露する顔も持っている。しっかり面白いのがまたすごい。 『ぽかぽか』生放送後、フジテレビからお台場海浜公園の自由の女神像前へ。この日は快晴で、真っ青な空にピンクのワンピースがよく映えていた。神田さんはとても気さくで、自身の面白さについての自己分析も興味深かった。
「いえ、私自身は面白いことをやってるわけじゃないんですよ。面白く突っ込む方が周りにいるから、そう見えるだけなんです」
神田さんはそう謙遜するけれど、作られていない野生の面白さがバシバシ伝わってくる。小さい頃はどんな子だったんだろう。
「3つ年上の兄がいましたし、同じマンションにも年上のお兄さんが多くて、男の子とばっかり遊んでました。〝ろくむし〟っていう、腕でゴムボールを打つ、ホームと一塁と三塁だけのゲームとか、男子の遊びばかり。お転婆に見られてました。幼稚園で同級生の親御さんが『愛花ちゃんは激しいから遊ぶのは控えようね』と言ってるのを目撃して、ちょっと浮いてるのかなって」
小学校に上がるとスカートめくりが流行。神田さんは「なんで逆はないんだろう」と疑問に思い、ある日男子のズボンを下ろした。
「しっかり兄で訓練をしまして、クラスの子にやってみたらものすごく怒られました。なんでもやってみようっていう子でしたね」
教育熱心な家庭だったから、テレビは1日30分。兄が「勉強しなさい」と怒られるのを反面教師に、親に迷惑をかけることは少なかったという。受験をして私立の女子中学校に進学すると、男の子とばかり遊んでいた毎日が、急に女の子だらけの環境に。ストレスも大きかったのでは?
「いやいや、すごく居心地がよかったです! 全国各地から個性的な子が集まっていて。火災報知器鳴らしたり、いろんなジャンルの子がいるわけですよ。なので、小学校では個性的と言われていた私もみんなと一緒っていうか。女子校最高でした」