赤ちゃん世界から未来を考え、大人世界の基準見直す~子ども目線で不思議世界探究プロジェクト~(山口真美/中央大学文学部教授)
未来を創る子どもたちの環境を、子ども目線で考え直したい。大人の世界が絶対ではないこと、多様な知覚世界が有り得ることを知るため、2023年より日本科学未来館(東京都江東区)で、子どもからみる不思議世界を探究するプロジェクトを行っている。中でも、誰もが一度は過ごしているはずなのに、誰も覚えていない赤ちゃんの世界。大人の知らない未知の世界を、少しばかりご紹介したい。
複雑なもの・新しいものを好む
冒頭で述べた考えのはじまりは、言葉を持たない赤ちゃんにある。かれこれ20年以上、大学の実験室で1歳未満の赤ちゃんを対象に認知を調べてきた。言葉を使えなくても、その豊かな世界を視線や行動で語ってくれる。
実験では、赤ちゃんの視線からモニターに写る映像をどれくらい見るかを計測する。その手段としてアイトラッカーを使うこともある。赤ちゃんは、目の前にあるものを積極的に見ようとする。しかも自分の視力で見ることができる、複雑ではっきりしたもの、新しいものを好む性質がある。これらは自身の視力や認知の学習を促す行動だが、この性質を利用すれば、赤ちゃんが何を区別できるのかを解明できるのだ。
赤ちゃんの立場で環境が作られていない
ここで赤ちゃん世界の基礎知識から説明すると、視力は生まれた時点で0.02程度。生後6カ月に発達の頂点を迎えるが、それでも大人の視力でいえば0.3程度である。生まれたばかりの未熟な状態では処理できる解像度が悪く、画質の悪い写真のような世界だが、脳の発達が牽引して視力が発達する。
色覚の完成には眼球にある網膜の成長が必要だ。色の明るさの違いは見えていても、色そのものの区別は難しく、生後2カ月で赤・緑系の色が、生後4カ月では青・黄系の色が区別できるようになる。視力にしても色にしても、赤ちゃんはコントラストがはっきりしないと見えないという特徴があるので、はっきりした赤や青を好み、ベージュといった優しい色は好まない。
基礎知識を知った上で改めて赤ちゃんの環境を見ると、赤ちゃん視点が欠けていることがわかる。赤ちゃん向けの絵本や玩具には優しい色を使ったものもあり、それらは見えていない可能性がある。赤ちゃんの視力をしっかり把握しておくべき絵本の世界では、0歳から2歳くらいまで幅広い範囲を赤ちゃん期と設定していることもある。視力は生まれて半年で劇的に変わるのに、この設定はかなり大ざっぱだ。