赤ちゃん世界から未来を考え、大人世界の基準見直す~子ども目線で不思議世界探究プロジェクト~(山口真美/中央大学文学部教授)
見えない色で描かれた絵本を見せ続けられる立場を想像してみよう。保育や教育、それぞれの家庭という赤ちゃんが育つ環境を、赤ちゃんの視点で考え直す必要があるのだ。
「知覚の恒常性」を得る前の変化に富んだ世界を見ている
赤ちゃん世界の話に入ろう。何もないはずの天井や壁を、じっと見つめる赤ちゃんの姿を見たことはないだろうか。大人には見えない幽霊が見えているのではと、いぶかしく思う人もいるようだ。
その謎の秘密は、「知覚の恒常性」にある。大人は世界が不変であることを前提に世界を見ている。例えば、ちょっと頭を動かしただけで、目の前の物体の照明の映り込みが変わったり、視点が移り変わったりと、視界は目まぐるしく変化する。にもかかわらず、目の前にある物体を同じものとして捉えることができる。環境内のささいな変化を暗黙裡に無視して世界を見ているのだ。この能力が、発達初期の赤ちゃんには欠けている。
赤ちゃんを対象にした実験では、物体が光沢のないマットな質感からキラキラした質感へと変化する映像と、同じ物体に照らされる照明の角度が少しだけ移動した映像を見せ、変化に気付くかを検証した。大人の目の場合では前者は質感が変われば物体も変わって見えるので一目瞭然の一方、後者は間違い探しのように些細な変化を捉えることが難しい。
赤ちゃんは変化するものを好み、変化に気付けば注目する。実験では、注視行動から変化への気付きを捉えた。その結果、7~8カ月児は大人と同じ、対象の質感の変化だけに気付いていた。3~4カ月児は、大人が気付かない照明環境の変化だけに気付いていた。そして5~6カ月児は、どちらの変化にも気付くことができない、発達の移行期にあった。
先に触れた幽霊を見たと思われた赤ちゃんは、天井や壁に映る光や影の映りこみを見ていたのだろう。大人が無意識のうちに無視し、気付かないようなわずかな環境の変化を赤ちゃんは見ているのである。それは物体を安定的に知覚するための「知覚の恒常性」を獲得する以前の世界である。おそらく赤ちゃんは、物体や対象という枠のない、感覚だけが純粋に広がる変化に富んだ世界を見ていると思われる。こうした感覚世界は、赤ちゃんにとどまらない。発達障害の感覚世界を解明した研究からも、感覚世界は多様であることが明らかになっている。世界の見方は多様なのである。