森見登美彦「自身のスランプをホームズの苦悩に投影させ、書き上げたことで区切りがついた」
◆10年続くスランプと正面から向き合った 本作では、スランプに苦しむホームズが七転八倒する姿が如実に描かれている。森見さんご自身も、2011年頃スランプに陥り、当時抱えていた連載を中断して帰郷した経験を持つ。登場人物たちに反映させたご自身の想い、葛藤とは――。 僕はここ10年ぐらいずっとスランプで、苦しみながら悩みながら小説を書いてきました。なので、本作を書くにあたり、あれこれ困っている自分をスランプ中のホームズとワトソンに投影していた感覚があります。 この作品を書くことで、なんとかスランプから抜け出すことはできないだろうか、と。書きながら、“スランプとは何か”みたいなものを突き詰める感じです。 結果、スランプから抜け出す手がかりは掴んだと思うけど、その手がかりが正しいものかどうかは、まだわからない。それはこの先の仕事で証明していくしかないですよね。
◆妻は本当は“書ける人” 本作には色々なキャラクターが登場しますが、ホームズ、モリアーティ教授、ワトソンの3人がスランプに苦しむ描写が多くあります。特にワトソンは自分に近くなりすぎて、少し困りました。 ワトソンは“書く人”でもあるので、書き悩んでいる時の自分と重なり、客観的に書けなくなった。そこには、当初想定していなかった難しさがありました。 主観的になりすぎると、“読者の方々に客観的に楽しんでもらう”というところがお留守になってしまうんです。そうならないよう気をつけていたのですが、書いているうちにだんだん自分の世界に没入してしまう。その感覚を引きはがすのに苦労しました。 ワトソンの妻のメアリは、スランプのホームズにばかりかまけている夫に業を煮やし、反旗をひるがえすように小説を書きはじめます。うちの妻はメアリのようなタイプではないけれど、ここにも僕の潜在的な恐れがあるのかもしれません。妻は非常に読書家で、面白い視点をたくさん持っているから、本当は“書ける人”だろうと僕は思っていて。 もし妻がメアリのように猛然と書きはじめたら、僕はちょっと太刀打ちできないかもしれない。そういう怖さや不安も、作品に投影されている部分があります。