森見登美彦「自身のスランプをホームズの苦悩に投影させ、書き上げたことで区切りがついた」
◆今後の作品作りへの想い 竹林が持つ神秘的な雰囲気にくわえて、本書には「東の東の間」なる不思議な部屋が登場する。この部屋の秘密が本作の大きな鍵を握っており、森見さん自身の深層心理ともダイレクトにつながっている。 “闇雲に怖れているよりは、新しい光を入れたほうがいい”――「東の東の間」にまつわる台詞の一節だ。この言葉には、森見さんの今後の作品作りへの想いが反映されている。 子どもの頃から、家の周りを探検しては不思議な場所を探して、「この向こうは別の世界に通じていそうだな」と妄想するのが好きでした。当時から小説を書いていたので、そういう場所を見つけては、それっぽい物語を書いていましたね。 僕が育ったのは奈良の郊外なのですが、造成中で家が建つ前の荒れ地が残っている一方で、古い神社や森もあったから、尚さら想像力を刺激される環境だったのかもしれません。
◆大きな区切りがついた ここ7~8年の間は、シンプルなエンタメではなく、哲学的な作品に寄りがちな傾向がありました。スランプに陥ってから、自分の中にある不思議なものに取り憑かれて、どうしてもそれを“書かなきゃ、書かなきゃ”とずっと思っていて。 それがおそらく、自分が書けずに苦しんできた原因なんだろうなと感じています。「東の東の間」は、そういった自分の心理が反映された存在で、「もうその部屋に閉じこめられているのは嫌だ」と思ったんです。 昨年、作家デビュー20周年を迎え、『シャーロック・ホームズの凱旋』を無事に書き上げられたことで、大きな区切りがつきました。これ以上、自分の中にある深層心理や哲学を突き詰めても、同じことの繰り返しになってしまう。 『熱帯』や『夜行』も含めて、表現しにくい不思議なものを一生懸命表現しようとしてきたけれど、それはもう行きつくところまで行ったと感じているんです。 今作で自分の内面は限界まで突き詰めたので、今後はもう少しエンターテインメントらしい方向に切り替えていきたいと思っています。 (構成=碧月はる、撮影=奥西義和)
森見登美彦