2024年の出来事を堤伸輔が振り返る──「大谷翔平」「北口榛花」「K-POP」ほか、ライブエンタメ“超・私的”5大ニュース
人間はどのくらい飛べるのか/2位
機械や動力、電気やガソリンに頼らず、人間はどのくらい飛べるのだろう? その素朴な疑問に対する新しい答えが、今年は2回出された。たった2本の「板」だけを使って。 まずは女子。ノルウェーのスキージャンパー、シリエ・オプセトが、同国でのジャンプW杯第23戦で230.5mを飛び、女子の世界最長記録を作ったのだ。それまでの記録を4.5m上回った。え、ふだんスポーツニュースなどで聞く記録は100m台じゃなかった?と思った人は正しい。オリンピックを含め世界的な大会でもラージヒルというジャンプ台での優勝記録は行っても140m前後。オプセトはそれより100m近く余計に飛んだのだが、これはフライングヒルと呼ばれる、より大きなジャンプ台での試合だったからだ。 では、男子はどうか。オーストリアの名ジャンパー、シュテファン・クラフトが2017年に飛んだ253.5mがいまも最長記録として残っている。日本の小林陵侑は252mを飛んだことがあるが、まだ世界一ではない、いや、なかった。 今年の4月24日、欧州アイスランドの雪山に特別に設けられたジャンプ台で、小林は記録に挑んだ。2月の札幌でのW杯の際に言葉を交わしたが、“平地”では物静かな男だ。エナジードリンクの「レッドブル」がスポンサーにつき、人類最長跳躍へのプロジェクトが進められた。少しの横風でも命取りになる厳しい状況のなか、時速100kmを超えるスピードでジャンプ台を飛び出した小林は、空中を飛ぶこと8秒、291mというとんでもない記録を打ち立てた。その映像をリンクからぜひご覧いただきたい。 もちろん、これは特設台での記録で、公式な試合で作られたクラフトの最長記録の価値を損なうものではない。ただ、小林は、2023-24年シーズンの「ジャンプ週間」で3度目の総合優勝を遂げ、計32戦行われるW杯でも総合2位となったことも書いておきたい。
朝倉摂さんの舞台美術に当てられた光/3位
ライブエンタメは、ステージなしには成り立たない。そのステージも進化?を遂げ、2023年にはラスベガスに「Sphere」という新しい時代を象徴するハコもできた。また、VRなども演出で当たり前のように使われる時代になった。しかし、どんな演劇や音楽ライブも、ステージ上の「美術」がなければ、俳優や演者は引き立たず、繰り広げられるストーリーも立体性や深みを持ちづらくなる。 皆さんは、朝倉摂(あさくら・せつ)さんという女性をご存じだろうか。日本を代表する舞台美術家で、いまから10年前に亡くなるまでに、なんと1600本以上の演劇作品の美術を手がけた。その幅は広く、現代演劇から歌舞伎などの古典にまで及んだ。歌舞伎では先代・市川猿之助のパリ公演の美術も手がけている。舞台装置や大道具などの考案・配置から衣装デザインに至るまで、ステージ上で使われるあらゆる美術要素を考え出し、演出家や俳優に提供し続けた。演劇が好きな方は、そうだと気づいていなくても、何度かは朝倉さんが関わった舞台を観ているはずだ。亡くなったいまでも、その舞台美術には当該作品の上演のたびに使われ続けているものがある。 朝倉さんは高名な彫刻家・朝倉文夫の娘で、若い頃は日本画家だった。私は、編集者として、雑誌の連載小説の挿絵を朝倉さんに描いてもらい、いろいろ教えていただいた。松本清張が週刊新潮に連載した「聖獣配列」では、2年にわたって毎週、朝倉さんのアトリエに通ったものだ。 その朝倉さんの前半生を描いた『摂』が、この秋、上演された。ライブエンタメには欠かせないのにあまり注目されてこなかった舞台美術家の存在に光を当てた脚本・瀬戸口郁の慧眼は特筆されていい。『摂』は、朝倉さんが少女だったころ、戦前1937年(昭和12年)に結成された文学座によって、新宿・紀伊國屋ホールで上演された。昔ながらのお芝居の雰囲気の中で、戦前・戦中を経て世界でも活躍する舞台美術家となっていく摂さんの生き方が、鮮やかに描かれていた。