タリム盆地の驚異のミイラを飾った3500年前のチーズ、驚きの起源が判明、定説覆す
ケフィアチーズの古代のDNAを解読、中国新疆ウイグル自治区
中国タリム盆地の小河にある青銅器時代の墓地で、ミイラの首を飾っていた小石ほどのチーズのDNAを分析した結果、どのように製造され、どのように広がったかが見えてきた。定説を覆すこの研究成果は9月25日付けで学術誌「Cell」に発表された。 【関連写真】チーズで飾られたタリム盆地の驚異のミイラ 複数のミイラの首の周りで見つかった3500年前の小さなサンプルについて、タンパク質を分析した過去の研究で、ケフィアチーズの製造に使われる乳酸菌Lactobacillus kefiranofaciensの存在はすでに明らかにされていた。「本当に素晴らしい」発見だったと、中国北京にある中国科学院の古遺伝学者である付功妹氏は当時を振り返る。 そこで、古代人のDNAを研究していた付氏は、L. kefiranofaciensのDNAを研究したいと考えた。 しかし、「古代のサンプルからゲノムを抽出することは簡単ではありません」と付氏は話す。古代のチーズに残されていた少量のDNAは、長い年月をかけて小さな断片に分解され、周囲の環境にある遺伝情報と混ざり合っていた。 付氏は2014年、チーズから微生物の古代DNAを効率的に取り出す特殊な手法に取り組み始めた。そしてその成果として、付氏らはL. kefiranofaciensのゲノムの解読についに成功した。 この微生物のDNAから、付氏らはチーズ製造の歴史をたどることができた。ケフィアチーズは、既存の乳酸菌と酵母を乳に加えてできるどろどろした培養物からつくる。ヨーグルトの塊から新しいヨーグルトをつくるのと同様だ。 プロバイオティクスの旅を振り返るため、付氏らはミイラのチーズから発見されたものを含め、L. kefiranofaciensの系統樹を構築した。
2つに分かれた系統と伝播ルート
この系統樹は大きく2つに分岐している。一方はヨーロッパと太平洋諸島からの系統を含んでおり、中国の墓地で発見されたケフィアは東アジアの一部やチベットと関連していた。 研究者たちはこれまで、ケフィアは現在のロシア北コーカサスからヨーロッパ、そして、さらに遠くまで広がったという説を唱えていた。しかし、墓地のチーズに含まれるケフィアは比較的早い時期に独自に進化しており、中国新疆ウイグル自治区の小河辺りからチベットなどの東アジアに広がった別のルートを示唆している。 青銅器時代、新疆の人々がチベットに移住した可能性もあるが、さらなる考古学的証拠が必要だと、研究に参加した中国科学院の分子考古学者イーミン・ヤン氏は述べている。 また、乳も古代人の交流を示唆していた。2つのサンプルにはウシのDNAが含まれていたが、もう1つからはヤギの遺伝物質しか見つからなかった。 ヤギのDNAは古代中央アジアのサンプルと類似しており、家畜化され、広く分布するようになったグループの個体だった可能性があると付氏は述べている。付氏らは以前、新疆の人々が青銅器時代にほかの集団と交流していた兆候を2021年10月に学術誌「ネイチャー」に報告している。 人々の移動とともに、ケフィアが広まった理由の一つとして、発酵のおかげで乳製品の乳糖が減少するため、小河の人々を含む乳糖不耐症の人々が摂取しやすくなったことが考えられる。 墓地のチーズから発見された微生物はL. kefiranofaciensだけではない。今後、ほかの細菌や酵母から、古代人の活動のさらなる手掛かりが見つかる可能性もある。硬化した歯垢(しこう)や化石化した便など、ほかのサンプルから得られた情報を総合すれば、青銅器時代の人々の交流について、さらに詳しいことが明らかになるかもしれない。
文=Carolyn Wilke/訳=米井香織