「商店街のアイドル」は"小さな漫才師"だった…0円で小学生に漫才を教える「大阪のおっちゃん」(54)の正体
■2店舗経営で追い込まれる 少しずつ復興が進む大阪で、ほそぼそと仕事を続けていたある日、知人から「閉店寸前のジムを引き継いでもらえないか?」と相談を受けた。聞けば、そのジムも会員数が減っているという。 「自分のジムも経営難だし……」と断ろうとしたが、周りの人たちから「立て直せるのは小川さんしかいないよ」と言われ、「それなら、やってみるか」と承諾した。損益分岐点を超えるだろうと見越しての決断だったが、蓋を開けてみると会員はほぼゼロ。見込んでいた会員は戻ってこなかった。 このまま続けても赤字が増えるばかりなので2店舗目は撤退しようと決心した小川さん。しかし、そのジムには嫌がらせをする会員が在籍しており、閉めたくてもできない状態に。前オーナーの頃から続いていた嫌がらせは、店舗を引き継いだ小川さんに矛先が向いた。「これは、えらいことに首を突っ込んでしまった」と思ったが、すぐに引き返すことはできなかった。 2店舗目の経営がうまくいかず、小川さんは次第に精神的に病んでいく。寝ても疲れが取れず、「嫌がらせをする会員さんから電話がかかってくるのでは」と怯えた。無意識に携帯電話の上に何枚も服を重ね、着信音が聞こえないようにした。体温のコントロールがきかなくなり、急に汗をかいたり、立ったまま寝てしまったりした。 ■「心の構造を知れば、今の状態を抜けだせるかも」 追いつめられた小川さんは、京都・北野にある書店に向かった。現実を忘れられるような、没頭できる書物を求めたのだ。書棚を歩き回りながら背表紙を眺めていると、ある本のタイトルにパッと焦点が当たった。心理学の本だった。 「頭がパニックになってるから、わかりやすいタイトルじゃないとあかんかったんでしょうね。3日でわかる臨床心理学、みたいな(笑)。簡単にわかりますよっていう本でした。実際に読んでみて、『心の構造を知れば、今の状態を抜け出せるかも』って思ったんです」 もともとトレーニングを指導する中で、「体を鍛えるためにはメンタルが重要だ」と感じていた。今後の仕事にも活かせると考え、大阪・天満にある「公益財団法人 関西カウンセリングセンター」の門を叩く。その学校は50年以上の歴史があり、受講後に認定試験に合格すれば、心理カウンセラーの民間資格を取得することができた。 畑違いの場所で専門用語を覚えることから始めなければならなったが、小川さんは講師の著書を読んで予習し、毎回授業に臨んだ。同スクールではフロイト、ユング、アドラーなど多数の学派を学ぶことができ、小川さんは心理学の奥深さに引き込まれた。 なかでも小川さんがもっとも惹かれたのは、臨床心理学者のカール・ロジャーズが提唱する「パーソンセンタード・アプローチ(PCA)」という心理療法だった。 PCAとは「人は誰でも自分を受け入れられ、安心することができれば、自分自身を成長させる力を発揮できる」という技法だ。小川さんは「今まで認知行動療法(うつ病や不安症などに対する精神療法)が最善の心理療法だと思ってたけど、これを身に付ければ、いろんなことに役に立つんじゃないか」と思った。 3年間の学びと試験の末、上級心理臨床カウンセラーを取得した。この頃には2店舗目のジムを閉店させることができ、暗黒期を乗り越えた。「ほんまね、誰でも心が壊れることがあるんだって、身をもって知りました」と小川さんは振り返る。