「古くて新しいつげ櫛の魅力を、広く伝えていきたい。」『よのや舗』女将・齋藤有都さんの着物の時間。
扇子も草履も浅草の老舗の品。この街では和の小物がすべて揃います。
東京・浅草、浅草寺門前の伝法院通りに店を構える『よのや櫛舗』は、江戸時代中期に現在の文京区で櫛工房として創業。明治期に浅草で事業継承し、以来、飴色の木肌が美しい本つげ櫛を専門に扱っている。 女将の齋藤有都(ゆ づ)さんは、自身も生粋の浅草っ子。夫である四代目・齋藤悠さんとは2歳からの幼なじみだったという。 「浅草は町のつながりが強くて、私も夫も中学に入ると町内会の青年部に所属して、毎週のように顔を合わせていました。ずっといい仲間の一人だったのですが……」 26歳の時、恋に変わり、結婚を意識するように。同時に意識したのが着物のことだった。 「和小物のお店に立つのだから、私自身が着物を深く理解していなければいけないな、と。もともと祖母も母も着物好きの家に育ち、着物は常に身近にありました。お正月や雛祭りには必ず着物を着て、それがとても楽しくて。ただ、自分では着られなかったので着付け教室に通い、一から学ぶことにしました。レッスン以外にも毎月食事会が開かれたり、クラスメイトや友人と着物でコンサートや観劇に出かけることも。頻繁に着ることでカジュアルからフォーマルまで、場にふさわしい装いの感覚が身についていきました」 そして、結婚。店頭での接客、町内のつき合い、女将の仕事は多岐にわたるが、中でも新商品の創作に力をそそいでいる。
「今は着物のみで過ごす方はほとんどいらっしゃいませんから、洋服でも使えるかんざしやバレッタを作りたいと思いました。店に伝わる図案帳を見直して、これはというものを選んで職人さんを訪ね、試作を繰り返して。 つげ製品の完成までには多くの職人さんが関わります。材料の薩摩つげの選定は鹿児島、関西の職人さんが大枠の形を作り、漆加工を施すものは会津の塗師さんや蒔絵師さんに依頼しています。最後に仕上げ作業をするのが夫で、夫はあくまで職人なので、商品開発は私の役目。各地を回るのは大変ですが、やりがいがありますね」