「悠久の森、屋久島への誘い」古来より守り伝えられてきた、日本最初の世界自然遺産
日本の隠れた宝
屋久島での登山は魅力の宝庫だった。巨大な屋久杉の森に巨岩のアスレチック、たびたび現れるヤクシカとヤクザルに驚かされ、超軟水の水場の水には癒された。そんななかでも今回の登山のゴール地点である淀よど川ごうは、あまりにも透明度が高く清涼な水の流れに心を奪われた。夏の日差しが差し込むと水面はキラキラと光を反射しながら揺らぎ、川底の石を煌めかせていた。すぐさまザックを降ろして靴を脱ぎ、水のなかに足を入れるとその冷たさに驚くが、だんだんと心地よくなっていった。 足元の水を両手ですくい喉を潤した。島全体を形創る花崗岩と森が巨大なダムとして機能し、濾過装置にもなっている屋久島の水は、とても柔らかく感じられ、体の芯にすうっと染み渡っていくようだった。 木々の隙間から光の柱となって水面に降り注ぐ木漏れ日があまりにも神秘的な雰囲気を醸し出しており、屋久島の自然が僕らの旅の終わりを穏やかに祝福してくれているような気さえした。僕は最高に清々しい気分になってその景色から目を離せず、なかなか動き出せなかった。 最後に田平さんはこんなことを教えてくれた。 「杉の学名はクリプトメリアジャポニカと言って、日本の隠れた宝〞という意味があります」。 それは杉だけに限らず屋久島そのものを表すのにぴったりな言葉だった。人の営みと自然の相互関係のなかで豊かに育まれ残されてきた屋久島の森は、原生林としてのプリミティブな魅力に留まらず、そこを守り伝える人々の息吹が感じられる温かみがあり、それこそが隠された宝として森に潜んでいるのではないだろうか。僕はなにか確信めいたものを感じ取りながら下山後の缶ビールを飲んだ。非日常な環境に来ても結局は下界の悦楽に浸る自分の勝手さに呆れつつ、でもまた山に登りにきてしまうんだろうなと、次の山行に思いを馳せながら町まで下りていった。 次はいつ屋久島に訪れようか。「また行きたい」ではなく「あそこに帰りたい」と思う。そういう場所としていまも僕の心に刻まれている。
【HOTEL】Årc yakushima
屋久島に見つけたもうひとつの帰る場所 屋久島に新たに誕生したこの宿泊施設。アート、リトリート、コモンズ(共有の資産)をテーマに地元住民や旅行者などだれにでも開かれた空間として存在している。都市に住む人々が共同出資し、いっしょに場づくりを行ないながらもうひとつの家として利用することも可能。ここではスタッフとお客さんという役割におさまらず、訪れる人みんなが自分の場所として場を作り発展させていく。 電子書籍版(Amazon Kindle)はこちらをご覧ください。 編集◉フィールドライフ編集部/文◉伊藤大悟/写真◉中田寛也/撮影協力◉旅楽 田平拓也
フィールドライフ編集部