「悠久の森、屋久島への誘い」古来より守り伝えられてきた、日本最初の世界自然遺産
人の想いが息づく森
樹齢300年を超える杉の大木や苔に覆われた巨大な花崗岩が特徴的な登山道を滝のような汗を流しながら進んでいた。屋久島ではすでに20日以上雨が降っていなかったらしく、その影響か森の緑も少しばかり色味が薄いような印象を受けた。 だが幸いにも島全体が巨大なダムとして機能している屋久島では、飲めない水を探すほうが難しいほど飲用に適した水がそこらじゅうに流れており、水場には困らなかった。補給のついでに暑さでぼーっとする頭を川に突っ込んでクールダウンするのは清々しくて気持ちがよかった。 トロッコ道の道すがらにある水場で「この辺りにはかつて集落があり、ここはもともと旅館でした」と田平さんが言った。 50年ほど前、そこら一体はハゲ山であり現在の屋久島の姿とは大きく異なっていたそうだ。いまでこそ縄文杉やウィルソン株などの名所が有名な世界遺産として名高い屋久島だが、以前は林業の現場として、より深く人が森に入り込んでいたらしい。 下山後に偶然出会った集落出身の方に話を聞くと、当時は中学校まであったというのだから驚きだ。だがそんななかでも原生林と呼ばれるような貴重な森が、いまも守られ、われわれが享受することができている。 屋久島といえば手つかずの森をイメージする人が多いだろう。だが実際は、産業のなかで森の利活用と保全のバランスが調和を育み、巨大な里山としてこの屋久島の森が受け継がれていた。それはあくまで屋久島の自然を守ろうとする島の人々の想いだった。この島では植物と岩が織りなす1000年単位の大きな自然の力だけではなく、それを活用し守ろうとする人々の意思も同時に感じ取ることができるのだ。
山ご飯と星空と
この日の夜は田平さんが腕によりをかけた食事を振る舞ってくれた。地鶏のユッケを添えた茶蕎麦に地鶏の炭火焼きを和えたサラダ、トビウオのつみれ汁とバケットやクリームチーズとフルーツを添えたクラッカーなど、およそ山のなかとは思えないメニューに面食らってしまった。 どれも地元の食材をふんだんに使用した逸品。香ばしい地鶏の炭火焼きや弾力のあるトビウオの食感に舌鼓を打ちながら屋久島の焼酎を煽った。 ガイドは自然のプロであると同時に一流の料理人でもあるのかとその多彩さに感嘆していると、不意にテント場の上空に満点の星空を見つけ「おお……! 」とみんなが声を漏らした。何千年何万年と屋久島が紡いできた自然の歴史を感じる森のなかで、おいしい食事を味わいながらこうして満点の星空を眺めることに、この上ないぜいたくを感じた。どれがなんの星でどこが何座なんだろうか? いや、きっとそんなことはどうだっていい。ただみんなで空を見上げながら星を眺めるこの時間が本当に貴重で美しいものなんだから。僕はまるで子どもに戻ったようにいつまでも星空を眺めていた。