「悠久の森、屋久島への誘い」古来より守り伝えられてきた、日本最初の世界自然遺産
いざ山頂へ
翌朝、まだ星が輝くような闇のなかをヘッドランプの灯りを頼りに歩き出す。寝ぼけた体に鞭打って歩みを進めると徐々に世界は白み、今日を迎えた。薄明のなか眼下に見える種子島の遥か向こう、水平線の彼方から群青の空を突き破るように、朝日が橙色の光を放ちながらゆっくりと昇り始める。僕らの体を柔らかな光線が貫き温めながら背後の山々を照らしていった。その美しくも儚い光景に魅了されながら、田平さんが用意してくれた温かい朝食を頬張った。山の上まで登った者にしか得られない特別な経験に喜びを感じながら、あらためて歩みを進めた。 標高を上げると森の景色は徐々に様相が変化していく。巨大な屋久杉が織りなす深い森を歩いた前日とは打って変わって、細い枝葉をうねうねと伸ばすシャクナゲの低木が広がっていた。およそ標高1700m付近であろうか。そこからさらに森林限界を越えて尾根上に出ると、表面をヤク笹に覆われた緩やかな丘のような山々から、丸みを帯びた巨大な花崗岩の奇岩がいくつも顔をのぞかせていた。壮大で庭園のような圧倒的光景に僕は息をのんだ。 山頂に近づくにつれ傾斜は急になっていき、足に力が入るのがわかる。高鳴る鼓動を抑えながらようやく山頂に到着すると、屋久島を囲む海がどこまでも続いているのが見渡せた。真っ青な空と海に緑色の山々がよく映え、海から届く風が心地よい。 登頂したときの達成感はいつだって代え難いものだ。登山の魅力というのは山頂からの景色だけではなく、登り始めから下山まですべての過程に意味とおもしろさが詰まっていること。それでもこの瞬間はやっぱり特別に感じるし、それまでの大変な歩みもすべてがチャラになる気がする。僕は山頂で田平さんと固い握手を交わしてから、その余韻に浸っていた。そしてここが九州で一番高い場所という事実に驚かされる。 時折、巨岩の群れのなかにヤクザルの鳴き声がギャーと響く。そういうことが僕を少し不安にさせるのと同時に、本州では絶対に見ることができない特異な環境に来たのだと実感させられ興奮でドクドクと鼓動が早くなる。それは自分の知らない新たな世界を発見した喜びでもあった。 「島登山……良い! 」。 自分のなかに新たなブームの火種が起こるのを感じながら山を下りた。