「悠久の森、屋久島への誘い」古来より守り伝えられてきた、日本最初の世界自然遺産
「悠久の森、屋久島への誘い」古来より守り伝えられてきた、日本最初の世界自然遺産
縄文杉にウィルソン株、多くの人が思い描く屋久島の印象だが、果たして屋久島の魅力は本当にそれだけなのだろうか……? これまで語られてこなかった屋久島の魅力を探りに大樹の森を突き進む。 そこには僕の想像を遥かに超えた不思議な世界と美しい絶景が待っていた。
屋久島への招待
ある日、突然スマホに一通のメッセージが届いた。 「ライターとして屋久島に行ってくれませんか? 」。それは魅力的ながら、僕にとっては困惑させられる言葉だった。というのも、僕は画家でありライターではない。よくよく話を聞いてみると、今回は屋久島にあまり訪れたことがない人の目線で屋久島の自然を捉えてほしいとのことだった。少しとまどいながらも現地のガイドといっしょに1泊2日で宮之浦岳を縦走するという魅力的な内容には抗えず、嬉々として屋久島に向けて飛び立った。 屋久島には過去に大学ワンゲル部の合宿で一度だけ訪れたことがあった。当時はとにかく雨が降り続き、山は湿潤で深い緑にあふれている印象。2回目の訪問でその印象がどう変わるのか。期待に胸を膨らませながら鹿児島から屋久島行きのジェット船に乗り込み、同行した担当編集者と鹿児島産の焼酎をグビリと飲み交わす。やはり九州は焼酎に限る。 そうこうしているうちに船の窓から巨大なシルエットが見えてきた。深い緑を湛えた2000m級の山が海上に浮かぶその姿は、まさしく「洋上のアルプス」という呼び名に相応しい迫力を放っている。僕は体に武者震いが走るのを感じた。
屋久島の森との対峙
翌朝、編集者とカメラマンといっしょに今回の登山のガイドをしてくれる田平拓也さんのバンに乗り込み、出発地点となる白谷雲水峡を目指した。軽い朝食を済ませ、寝ぼけ眼を擦りながら薄明の白谷雲水峡を歩き出してほどなく、田平さんが「ここにおでこを当ててみてください」と促した。 木の幹に額を当ててみると、ビックリするほどひんやりとしていて頭の熱が逃げていくのがよくわかった。深い緑が特徴的な屋久島の森のなかで、鮮やかな赤茶色のマダラ模様が一際目立つこの木はヒメシャラという名で、屋久島のいたるところに自生している。一年に一度脱皮をするため、樹皮が薄く樹木が吸い上げた地下水の冷たさが表層にまで伝わってくるそうだ。登山で火照った身体にはその冷たさが大変心地よく、僕はこのとき初めて樹木がもつ温度というものを実感した。 田平さんはこういうことをたくさん教えてくれた。僕にとってプロのガイドと山を歩くのは今回が初めての経験だったが、こんなにも世界の解像度が上がるのかと驚かされ、ガイドと登ることの楽しさや頼もしさを知ることができた。 屋久島には樹齢1000年を超える大樹の森や茫漠とした時間のなかで自然に浸食された巨大な花崗岩の軌跡が見て取れる。そういう、人の時間感覚やスケール感では到底捉えきれない巨大な時間軸に分け入り対峙する行為のなかで、田平さんは僕と自然とをつなぎ合わせてくれた。 僕はヒメシャラの木とおたがいの体温を交換することで屋久島の森とつながり、島全体を形成する巨大な花崗岩の割れ目に流れる川の水の冷たさを感じることで、屋久島の歴史を想起した。まったく異なるスケール感をもつ屋久島の森と人間が交錯することに自覚的になれたし、それがとてもおもしろく感じられた。 ガイドというのは、人と自然をつなぎ合わせ、世界の不思議を垣間見させてくれる、一番優しくておもしろい仕事をしている人たちなのかもしれない。田平さんの穏やかながらも情熱的な語り口調がそれを証明するようだった。