家が全焼で家族3人が死亡…生き残ったのはヤングケアラーの少女一人 書店の代表取締役が薦める「いま読むべき小説」(レビュー)
書店の代表取締役である洞本昌哉氏が、常に注目してきたのが高嶋哲夫の小説だ。その最新作はタイトルからして意外とも言える『家族』。だがそこには高嶋哲夫の社会を見つめる優れた視点が溢れている。 *** 書店を営んでいるので職業柄「いま、読むべき小説は?」とよく尋ねられる。そんな時「いま、と問われると高嶋哲夫の新刊です」と答える事が多い。 高嶋作品との出会いは、2010年発刊の『首都感染』。この作品は、2020年に世界中に蔓延したのと同様の「新型ウイルス」をテーマにした作品だ。 我々現実社会が体験する10年前から「小説」という形で、ウイルスの脅威に警鐘が鳴らされていた。既に『首都感染』を読んでいた私は、横浜港にダイヤモンド・プリンセス号が寄港しニュースになっていた頃から、ドキドキしていたのを覚えている。 また2021年の『EV』は、世界の自動車メーカーが、CO2削減を旗印にガソリン車から電気自動車にシフトチェンジする事を発表し、日経新聞ではチラホラ話題になりつつあったが、全国紙でそれに触れる記事はほぼ皆無の時期に発売された小説である。この作品では、EVへの移行が日本経済にどれほどの影響を及ぼし、日本の基幹産業である自動車業界や関連する企業、従業員へ経済危機をもたらすかを明示している。未読の方は、いまからでも遅くない。今年になってからまた、欧州や日本の自動車会社のスタンスが変化していて、発刊当時と比べると更に興味深く見えて来るに違いない。 個人的なお付き合いの中で、近未来の予言者ではないか? と冗談ぽく伝えると高嶋先生曰く、世界経済を注意深く俯瞰していると向かうベクトルは必然なのだそうだ。このような一歩先の未来を小説の形にして、具体的に教えてくれるのが高嶋作品の魅力だと考えている。 さて、そんな近未来の予言者高嶋哲夫先生最新作の書名には、正直驚いた。大局的に俯瞰し、経済が主題となる作品を楽しみにしていたのだが、テーマが『家族』とはあまりに足元の話題すぎないか? 正直、首を傾げた。しかしこの稚拙な思い込みは、作品終盤へと読み進めて行くうちにドンドン薄れて行き、期待通りの高嶋クオリティを維持する推理小説に仕上がっていく。 主人公は、若年性認知症を患う父を持つ、月刊誌の女性記者(笹山真由美29歳)。キーパーソンは、19歳ながら兄と祖母の介護を一手に引き受けていたヤングケアラーの少女(山本美咲)。少女との出会いは、父が通院する病院内の集中治療室のガラス越しから始まる。意識不明のままベッドの上で涙を流す少女とその涙に引き付けられる記者真由美。対象の事件は、数日前起こった4人住まいの山本家が全焼した火事と刺傷のある3つの焼死体。祖母・母・兄の家族3人は死亡、火事が起こった直後に家から飛び出した残り1人の少女は、偶然通りかかったタクシーに撥ねられ意識不明の重体である。警察は、状況証拠からもヤングケアラーだったこの少女が介護の疲れにより家族3人を殺害後、放火したと考え、事件に関与している人物と断定したまま物語は進む。 ネット上では、少女に対する無責任な心無い誹謗中傷が飛び交う。記者である真由美も数年前にネット上で吊るし上げられ、暴行を受け、警察沙汰となったことがあるが、その当時担当してくれた警官が、偶然にも、今回の件を担当している。真由美は過去のトラウマから今回の書き込みには心を痛めていた。真由美は、集中治療室で見た少女の「涙」が忘れられず、彼女の無実を証明すべく奔走する。 記者として少女の元担任・友人・アルバイト先と関係者に次々と取材を重ねて行くうちに少女がイラストレイターになる事を夢見ていた事実を掴む。しかし、少女の意識が戻らない状態が続き、無実が証明されないまま進むストーリー展開が、さらに読者に強い焦燥感を与える。 真由美は、取材を通して事件の真相に迫るだけでなく、彼女の生き様を知りヤングケアラーだった少女が、苦しみや責任を背負っていただけでは無く、明るく振る舞い家族の世話をする事を当然の事としていた事を知る。介護という現実と自分の夢の狭間で葛藤していた少女の姿が、今後介護が必要になるであろう父を見守る真由美の現実とリンクする。兄と祖母という2人の大切な家族を支えるために、自分の人生を後回し、いや併走しながらネットを使い外の世界とつながり、夢をあきらめない少女の姿は、孤独になりがちな現代のヤングケアラーが直面する問題を反映しており、読む者に深い共感を呼び起こさせる。 少女が描き続けていたイラストは、家族に対する愛情や内面を反映したものであり、そして未来への希望が描かれている。少女にとってイラストがネット上で評価を受ける事は、髪を染める事や、万引きでは得られない、私でいられる瞬間を与えてくれたのかもしれない。その為このイラストが起こす終盤での展開は、物語における重要なカタルシスをもたらす事になる。 一方、友人や知人・ご近所の人々は、山本家の環境は理解しつつも、一般家庭と変わらぬ応対をとる。このいま一歩踏み込んだ想像力の欠如が、現代社会の鏡となりヤングケアラーとしての役割が社会において過小評価されている現状に対する強いメッセージでもある。 そんな中、家庭の事情に踏み込んで理解していたのは、重度の障害をもつ兄の担当ヘルパーだった。ヘルパーの証言は、少女が兄や祖母にとっていかにかけがえのない存在であったのか知らしめる。特に兄に対しては、学校であった事を話し、様々な本を読んで聞かせてやるなどしていた妹の姿勢が明らかになるにつれ、ますます少女が犯行を起こすとは想像しにくくなっていく。 真犯人は誰なのか? 犯人に憎悪はあったのか? 最後まで、しっかり読んで頂ければ書名『家族』の意味が分かるはずである。この物語は、悲劇に焦点を当てながらも、同時にヤングケアラーの夢や希望が現実に影響を与え続ける姿を描いている。記者の視点から描かれることで、事件のミステリー的な要素だけでなく、少女の生き様や社会的な問題に深く切り込んでいく点が非常に魅力的だ。インターネットを活用する事で、少女のイラストは、必然的にバックアップされ、別世界で彼女の存在が証明されるだろう。そして、MIRAI(美咲)のイラストが永遠に世界の多くの人々に感動を与え続けるというメッセージが、この作品全体を通して強く響き続ける。 現在、日本の総人口の約30%は65歳以上、ますます高齢化の一途をたどって来ている状況だ。この事を考えると、いつ自らの周辺に要介護者が誕生してもおかしく無い状況である。 [レビュアー]洞本昌哉(株式会社双葉書房 代表取締役) 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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