生成AIの発展と、クリエイターの権利保護は両立する? 上野達弘さんインタビュー後編
生成AIの健全な発達のために必要なこと
─著作権侵害の責任を誰が負うのかという点は、議論の最中にあり、まだまだ課題があるということですね。 上野:開発事業者、サービス提供者、利用者。それらがどこまで責任を負うのかというのは、今回の「考え方」でも問題提起されていたかと思いますが、まだ不明確な点があります。 いずれにしても、今後の生成AIの健全な発達のためには、さっきみたいな技術的な措置がこれから重要になるんじゃないかなと思います。 内閣府の知的財産戦略本部が最近中間まとめを出しましたが、そこでもAI問題については、三つの観点で取り組むべきだと言っています。 一つ目は「法律」で、法律やその解釈がもちろん重要です。この点、少なくとも著作権法については、基本的に整備されていると思います。 二つ目はAIが違法有害なコンテンツを出力することを抑制・防止する「技術」の観点です。ここでは、著作権侵害だけでなく、わいせつや児童ポルノ、拳銃、違法薬物、個人情報など様々な違法有害な出力について、これをブロックする技術の開発が進められるべきです。 三つ目が「契約」で、クリエイターや新聞社がAI事業者と協力して契約するということが考えられます。 もちろん情報解析規定があるので、AI事業者は、大量の雑誌を購入して、これをスキャンして機械学習することは可能かもしれないけれども、そんな手間なことをするより、出版社と契約して、情報解析に適したデジタルデータの提供を受けて学習を行なうことでウィンウィンの関係を築くことが可能です。このように、学習に適したデータの提供契約が今後ますます重要になると思いますし、実際に出版社など、そのような取り組みをしている事業者も出てきているようです。 このように、「法律」「技術」「契約」という三つの観点で今後ものを考えていくべきじゃないかというのが、最近の展望の一つです。
二次創作が盛んな日本。生成AIの作品が受け入れられづらいのはなぜ?
―もう一つ聞きたいことがあります。日本では『アトム』や『ドラえもん』などが人気なように、ロボットは慣れ親しんだ存在で、AIに対してポジティブな国ではないかという意見があります。また、日本は二次創作が広く受け入れられていて、文化が発展していると感じます。しかし、AIによってつくられた作品や、特定の著作物の「二次創作」に拒否感を持ったり問題視したりする人も多いように感じます。この違いはなぜなのか、上野さんが考えられていることがあれば教えてください。 上野:たしかに、日本ではロボットに対するネガティブなイメージはないとよく言われますよね。一方で、AIが生み出したコンテンツの商業利用に批判が寄せられることも多い。例として、2023年に集英社が売り出したAIのグラビアアイドル「さつきあい」の写真集は批判が殺到し、すぐに販売停止になったようです。 他方では、ご指摘のように日本では二次創作が発展していて、非常に寛容な社会でもあります。諸外国から見れば二次創作が黙認されているどころか、ビッグビジネスにもなっている日本の状況は不思議で、学問的にも興味深い現象に見えるようです。しかし同時に、生成AIの利用や開発に反発する声も小さくない。 上野:これはなぜかと考えたとき、二次創作文化は新しいクリエイターを育ててきたという歴史やエコシステムがあるからではないかと思います。 AIによる生成というのは、いくらやっても若いクリエイターや次世代の育成にはつながらない。生成AIの活用によって制作現場は効率化されるかもしれないけれども、そのようにして次世代のクリエイターが育たないままだと、将来的に業界が回らなくなってしまうかもしれません。そういう意味で、私はAI時代におけるクリエイター育成というものを考えていかなくてはいけないのではないかと思っています。 ただ、だからといってAI学習のための著作物利用を規制すべきだとは思いません。たとえAI学習を著作権で禁止できるようにしたとしても、生成AIは今後も発展を続けると考えられますので、解決にはなりません。ですので、私はAI学習を著作権法上自由とする日本法は維持すべきだと考えていますが、文化政策として何もしなくていいと思っているわけではありません。著作権制度としても、たとえば、生成AI事業者からクリエイターに正当な利益を分配する補償金制度を導入することも選択肢になるでしょう。 そうした制度がうまく働くかどうかはわからないし、そもそも文化の育成はすごく難しい。日本の文化予算は、国際的に見ても非常に限られていますので、そこから変えていく必要があるのかもしれません。ただ今後は、AIがもたらす社会的な便益を踏まえて、クリエイターへの利益分配はもちろん、クリエイターの育成など文化振興を実現する新しい仕組みの構想を検討すべきではないかと私は思っています。 ―なるほど。AIと著作権の問題について、理解が深まりましたし、技術の発展と芸術文化やクリエイターの権利保護、両方のバランスを取りながら考えていくべきではないかと思いました。お話をしていただいて、本当にありがとうございました。
インタビュー・テキスト by 廣田一馬、生田綾