揺らぐ国際経済都市・香港 「国家安全法制」で“頭脳”流出危機
香港人の移住受け入れを進める台湾
台湾の蔡英文総統は先月27日、中国政府による国家安全維持法の導入に警戒感を示し、香港から台湾に移住する人に対して人道的支援を行うと表明した。台湾には約9万人の香港出身者が住んでいるとされるが、香港からの移住希望者は今後急増する見通しで、台湾政府として生活支援などを検討している。過去1年で香港から台湾に移り住んだ人は5000人を超えており、前年度比で40パーセント以上の増加だ。香港からの移住希望者を受け入れるための専用窓口も7月1日付けで設置する。
しかし、香港人の台湾移住のハードルは高いという見方もある。普通に移住する場合、台湾で600万台湾ドル(約2200万円)以上を投資して起業することなどが前提となる。また、政治亡命者として台湾に移住した場合、1か月ごとに在留資格の延長が判断されるが、その際の審査基準に一定性がない。すでに台湾国内からも、香港からの移住者受け入れを簡略化すべきとの声が上がっている。 香港からの移住者受け入れは、台湾にとって外交面以外でも大きなメリットをもたらすという見方も存在する。香港の優秀な人材が確保できれば、台湾が得られる経済的な恩恵は計り知れない。周辺地域と同じく、台湾も急速に高齢化が進んでおり、2026年までに人口の20パーセントが65歳以上になるとみられている。労働人口が間違いなく減少していく中で、香港から教育レベルの高い移住者が台湾に集まれば、台湾の高齢化問題を解決する糸口になるという期待だ。香港の教育レベルは世界でもトップレベルで、経済協力開発機構(OECD)が2018年に実施した国際学習到達度調査によると、数学的リテラシーが79か国の中で第4位、科学的リテラシーが第9位だった。
香港は現在でも世界有数の金融都市であるが、香港を取り巻く状況は経済面でもこの数十年で大きな変化を見せている。香港に隣接する広東省深セン市は、中国政府によって経済特区に指定された1980年時点では人口6万人足らずの小さな町であった。40年後の現在、深セン市の人口は約1230万人にまで膨れ上がり、2018年には市のGDP(域内総生産)が香港のGDPを上回ったと、中国本土と香港のメディアが報じている。広東省では、深セン市に加えて広州市も製造業だけではなく国際金融センターとして存在感を強めており、「一国二制度」以外の部分でも香港のアイデンティティを大きく揺さぶる変化が生まれ始めている。
------------------------------ ■仲野博文(なかの・ひろふみ) ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う