北京政府への忖度も? 香港人の思いと建国70年記念日
2014年に香港で始まった「雨傘運動」から5年となる9月28日、香港島の中心部では大規模な市民デモが行われた。デモ隊が集まる場所には、これまで以上に多くの警察官が配置され、28日と29日には先月行われたデモでは最大級の衝突が発生している。10月1日は、中国では建国を祝う「国慶節」の日でもあり、今年は建国70周年を迎える節目の年であるため、習近平国家主席は北京政府に反旗を翻そうとする勢力を徹底的に排除する構えを見せている。北京から圧力を受けた香港行政府は、キャリー・ラム行政長官が市民との対話を行うためにタウンミーティングを開いたが、市民の受け止めはポジティブなものではなかった。国慶節の日には、香港でさらに大きな市民デモが計画されているが、どのような結果になるのかは不透明だ。先月の香港取材を踏まえ、終わらないデモの行く末を考えてみたいと思う。 【写真】香港デモに暴力的な介入 警察から失われつつある市民の信頼
声を上げた香港アーティストには逮捕や嫌がらせ
先月13日、香港の北部・九龍の太子駅近くにあるレコード店で、オーナーのゲイリー・レオンさんは、香港のアーティストが現在の社会情勢について思っていることを口にできない状況に直面していると筆者に語った。レオンさんは香港内外で行われるコンサートのプロモーターとしても活動している。レオンさんの言う「アーティスト」とは香港のミュージシャンや俳優、コメディアンらを指すが、香港で続くデモに関してアーティストが自らの見解を明確にすることは極めて珍しいのだという。忖度ともいえる状態の背景について、レオンさんが解説する。 「香港で続くデモ、香港行政府に対する評価、北京政府に対する思い。どのような意見であっても、香港のアーティストが自らの思いをはっきりと口にするケースは稀です。有名になればなるほど、その傾向は強くなります。ミュージシャンを例に話をしましょう。政治的発言をしたために、当局に拘束されたりすることはありません。問題なのは、政治的発言をすることによって中国本土でのファンを多く失い、収入の大部分を占める中国本土でのツアーが興行的に成立しなくなる可能性が存在することです。香港出身のアーティストでも、多い場合には収入の8割近くが中国本土からというケースもあります。アーティストが口にチャックをするのは自主規制に他なりません」 ジャッキー・チェン氏といえば、言うまでもなく香港出身の世界的な映画俳優だが、彼の豹変ぶりに落胆する香港市民は少なくないという。1989年には北京の天安門広場で民主化を求める学生たちを支援しようと、香港でコンサートを開いたことでも知られるが、近年は北京政府を支持する発言を繰り返しており、レオンさんの言葉を借りれば、「香港で最も嫌われている地元出身俳優」なのだという。 実際、レオンさん以外にも「香港のアーティストの多くが口にチャックをしてしまった」と落胆する市民は何人もいた。しかし、香港社会の自由さをなくしてはいけないと訴え、デモに参加することによって、自らの思いを明確にするアーティストも存在する。しかし、そういった行動にはリスクが伴うことが、この数日であらためて証明されてしまった。 29日に台湾の台北で行われた香港の反政府抗議活動を支援する集会に参加した、香港の人気歌手デニス・ホーさんは、メディアから囲み取材を受けている最中に2人の男から赤いペンキを顔にかけられた。現場で取り押さえられた2人の男は、台湾と中国の統一を目指す政治団体の構成員だったと地元メディアは報じている。30日には日本のドラマにも出演したことのある俳優のグレゴリー・ウォンさんが、多くの若者が7月1日に議会を一時占拠した事件で共謀罪が適用され、逮捕された。 「10月1日を前に、影響力のある人物を逮捕することによって、当局は少しでも市民デモの規模を縮小させようと試みているのです」と、香港出身の大学生は筆者に語った。