収束見えない香港デモ 「一国二制度」の行方は?
香港で特別行政区政府の方針に憤った市民が100万人規模のデモを起こしてから、9日で2か月を迎えた。デモ隊と警察の衝突はこの間何度も大きく報じられ、現在も大規模なデモは香港で続いている。長期化する反政府デモの発端となったのが、香港で拘束した容疑者の身柄を中国本土に引き渡し可能にするための条例改正を香港政府が模索していた問題で、香港のアイデンティティが北京政府によって大きく変えられてしまう恐れに対して、市民は怒りを露わにした。1997年のイギリスからの返還後も中国と香港の間で維持されてきた「一国二制度」は、北京政府によってドラスティックに変えられてしまうのだろうか? 【表】中国と香港「一国二制度」は今どうなっているの?
3月から抗議活動、6月には100万人デモ
高層ビルが立ち並ぶ香港の市街地で繰り広げられるデモ。警官隊によって発射された催涙弾から出る催涙ガスの拡散を防ぐため、デモ参加者はガスの出始めた催涙弾を三角コーンで蓋をするようにして覆い隠す。顔を見られない目的で、また顔認証システムのデータ収集をさせないために、多くのデモ参加者が晴天の香港で傘を差しながら抗議活動に参加する。顔認証データ収集を妨害するためのツールはこの数週間で、傘からレーザーポインターへと変化した。夜の香港市街では、デモ参加者が警官隊に向かって緑やピンクのレーザーポインターを向けている様子がテレビ報道やソーシャルメディアへの投稿などから確認できる。
香港の日常的風景になりつつあるデモ隊と警察の衝突だが、ターニングポイントとなったのは6月9日の抗議集会で、100万人を超す参加者がビクトリアパークから香港政府庁舎前までの約3キロを行進した。その日の夜、デモ参加者の一部が警察と衝突。19人が逮捕され、約360人が警察に一時身柄を拘束され、それぞれの個人情報は当局に記録された。地元紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストは、警察に逮捕・一時拘束された約380人の8割が25歳以下の若者であったと報じている。 身柄引き渡しに関する条例改正案に抗議する香港人のデモが、海外でも注目されるようになったのはこの6月9日からだが、3月31日に行われた抗議集会が一連の集会では最初のものであったとされている。集会を企画した林栄基氏は、香港で政治関係の書物を扱う出版社を経営していたが、2015年に中国当局に拉致される形で本土に連れていかれ、勾留生活を送った人物だ。林氏のような、出版関係者の突然の失踪が相次いだため、香港人の多くが今回の条例改正によって言論の自由に制限が設けられ、香港で逮捕されて中国に移送される可能性を現実問題として直視し始めたのだ。3月31日の集会を皮切りに始まった一連のデモは4か月が経った現在も続いている。