「誰にも看取られたくない」貴乃花光司50歳が明かした“不審続き”の人生
7場所連続の長期休場を経て、2003年1月場所。中日に安美錦に敗れ、貴乃花は引退を決意した。 「引退の場所はみっともないくらい満身創痍でした。後ろにつかれて土俵を出るような状態でしたので、踏ん切りをつけさせてくれた一番でしたね。入門からの日々を思い返して、朝方5時頃まで一人椅子に座ってじっと考えていました」 熟考の末、師匠に電話をかけた。「今から大切なことを伝えにいきます」――。 こうして、貴乃花は30歳で土俵生活に別れを告げた。現役引退後は、貴乃花親方として部屋を興し、大関貴景勝らを育て上げた。2018年に日本相撲協会を離れた今も相撲中継を見ており、「一人の応援者として遠目から眺めています」と笑顔をのぞかせる。 貴景勝は、次の3月場所で2度目の綱取りに挑む。高い壁に向かう元弟子を、元親方としてどう見守っているのだろうか。 「本当によくやっています。地位を築くか築かないかは二の次として、克己心をもって土俵に上がっていることに誇りをもってもらいたい。大げさに言えば、本人のためだけじゃなくて、本質的に強い力士が頂点に立つことで、国という文化が栄えていく。1ミリの可能性だけだとしてもそこに挑み続けてほしいと思います」
「自分の屍だけは誰にも見られたくない」
花田光司として生まれ、貴乃花として生きている。彼はこれからどこに向かうのだろう。 「物心ついた頃から常にカメラが向いていましたので、10年後はひっそりと暮らしたいという思いもあります。生まれたところが力士だったことで、経験しなくてよかったこともありましたが、自分として生きるためには、家族であろうが、離れていったものはもう仕方がないという気持ちで線引きしています。弟子は生き写しであり、子どもは他人です。もともと血のつながりのない弟子というのが、本来の血統を受け継いでいくものであります」 「今でも相撲を愛しています。私のときはハワイ出身の曙さんや武蔵丸さんがいましたけれど、今はモンゴル出身の力士たちがいる群雄割拠の時代。そこに、日本出身の横綱がいてほしいです。外国出身の横綱が数人いたとしても、この国でお米を食べて育った人が横綱として一人いるだけで、団体の骨格は保たれる気がします」