“短期決戦の鬼”内川聖一が語るWBC──世界一への扉を開いた「イチローさんの言葉」
3月8日(水)にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕する。昨年、ヤクルトでNPBでの現役生活を終えた内川聖一は、WBCに過去3回出場した経歴を持つ。「短期決戦の鬼」の異名を持つ内川でさえも、初選出の09年大会は「試合をするのが怖いと思ったのはあの大会だけ」と話す。誰よりもWBCを知る男が語る「短期決戦」攻略のヒントとは。(取材・文:田口礼/撮影:福田栄美子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
親子ほど年齢が離れたチームメート
沖縄や宮崎で球春真っ盛りの2月1日。少年野球で最初にもらった数字という背番号24のユニホームに身を包んだ内川聖一の姿は、大分県臼杵市のフジジンの杜スタジアムにあった。 今季からプロ野球の独立リーグ(ヤマエグループ九州アジアリーグ)の大分B-リングスに加入。親子ほどの年齢差もあるチームメートと一緒に、はじける笑顔を浮かべながら白球を追いかけていた。 「野球を始めた頃は毎日、わくわくしながら、バットを振ったり、ボールを投げたりしていた。それが仕事になり、責任がともなうと、野球が楽しいと思ったことはほとんどなかった。もう一度、そういう気持ちになって野球ができればいいと思っている。自分が(まだ野球を)やりたい気持ちが先に来て、チームのためにやってほしいという球団があって、プレー以外でも若い選手に協力できるのは今までとは違うと思う」
WBCには3度出場
昨季限りでNPBからは引退。横浜、ソフトバンク、ヤクルトで22年間プレーし、通算2186安打。08年には横浜、11年にはソフトバンクでそれぞれ首位打者に輝いた。セ、パ両リーグで首位打者を獲得したのは、かつて中日などで活躍した江藤慎一と内川のみだ。 そんな内川がWBCに初選出されたのは、09年に開催された第2回WBC大会だった。ただ、選ばれた理由は「対左投手対策として」と当時、原辰徳監督が語ったようにレギュラー格ではなかった。
声がかかったのは相手先発が左腕の金広鉉(キム・グァンヒョン)だった2戦目の韓国戦。6番・一塁でスタメン起用されると、初回に2点タイムリー二塁打を放った。 「あの金広鉉を打った1打席目で、侍ジャパンの自分の立ち位置が決まった。打ってよかったと思うし、打てていなかったら(その後の)出番はなかったと思います」 内川の言葉通りにその後、相手が右投手でも起用されるようになる。この一本のヒットが、侍ジャパンの命運も大きく変えることになる。