「人間が持っている能力を使い切るには、人生は短い」羽生善治はなぜ勝負を続けるのか
30年の間にはコンピューター将棋ソフトが大きく進歩し、プロ棋士から勝ち星を挙げるようになった。AI時代の世の中を羽生はどう見ているのか。 「AIがやっていることは、確率的な精度を上げること。言葉を換えると、全体のなかで最適化を図るということなんです。それが一人ひとりの個人にとって良いことなのか悪いことなのかは、全く別の話なんですよ。そういうものがあるなかで、いかにして自分なりのものを見つけていくのかが問われると思います」 「今ってすごいデータもあって、いろんな分析ができる。それに基づいて判断したり、意思決定したりすることが、徐々に増えてくると思うんです。それは結局、あくまでも全体を最適化しているっていうことで、個人にとってどうかは別の話。逆に、個人から見て一番いい選択だと思ってやっていても、全体から見ると、弊害になっているということもある。だからそういうものを組み合わせて、どうやっていくのかが問われている時代だと思っています」
なぜ勝負を続けるのか、尋ねるとこう答えた。 「将棋の対局をずっとやってきて思うのは、相手がいないとできないということ。自分一人で棋譜を作ることもできるんですけど、やっぱり個性と個性がぶつかって、そこから生み出されたもののほうが、より深い。考え方や発想が全く違う人との対局のほうが、面白いものが生まれます。結果として勝負はつくんですけど、それ以外にも意義があるのかなと」
感情の起伏とどう向き合うか
対局や日々の暮らしのなかで、感情の起伏に悩まされることは「もちろんある」と言う。 「特に対局しているとき、喜怒哀楽は必ず起こる。起こることはしようがないので、うまく対処できるかどうかだと思います。どんなに慣れても、ミスしてしまったとか失敗してしまったと思ったときは、やっぱりつらいというか、ぞっとするものがありますね」 「一つ分かりやすいリトマス試験紙みたいなものがあって。よく『頑張ってください』って言われるんです。そう言ってくれる人は、もちろん素直に応援する気持ちでおっしゃっている。それを言われたときにどう思うかで、自分の状態が分かるんです。素直に『ありがとうございます』と言えるときは、結構いい状態。『言われなくても頑張ってるよ』と思うときは、あんまり良くないんです」