「人間が持っている能力を使い切るには、人生は短い」羽生善治はなぜ勝負を続けるのか
「良くない状態」のとき、どう対処するのだろうか。 「例えばちょっとジュースを飲むとか、そういう一服をして気持ちを切り替えることもあります。あと、朝から晩までイライラし続けるのも疲れるじゃないですか。だからどうしようもないときは諦めて、時間で解決する」 朝から晩までかかる長い対局もある。集中力をどのように維持するのだろう。 「(集中力は)一定ではないです。すごく深く考えているときもあるし、ちょっと休んでるときもあるし、ばらつきがあります。一日中ずっと深い状態で考え続けるのは無理なので。集中する能力そのものは、どんな人にも備わっているものですよね。要するに、子どものときに遊んでる状態なんですよ、集中することって。子どものときはちょっとしか続かなくて、年齢を重ねていくなかで、長く維持できるようになってくる。でも、すごく長時間集中できるかといったら難しい。本当に深い集中ができるのって、1時間とか2時間とか、せいぜいその程度なんじゃないかなと思っています」
切り替えを常に意識し、過去を忘れて次に臨む。その連続で、人生の歩を進めてきた。盤上では先を読むが、自分自身について聞けば、「先のことは特に考えずに過ごしてるっていうところです」と飄々と答える。 「終わったときに、『今日は意義ある一日だったな』と思えたらいいなとは思っています。つまらない対局をやって、『無駄な一日だったな』っていうときもやっぱりあるんですよ。終わったときの感じ方がまあまあ大事だと思います」 そのときそのときで、自分ができる限りのことをやり尽くしたと思えるかどうか、それが重要だと言う。 「才能が枯渇することはないと思います。人間が持っている能力を使い切るには、人生は短いと思っているので」
インタビューを終えて、腰掛けていた「RED Chair」に揮毫(きごう)してもらった。羽生が選んだ言葉は「洗心」。「一応『洗心』って書いたつもりなんですけど、読めないですね。結構(ペンキが)垂れちゃいました。これ、読めたらすごいですよね。気持ちをいつも新たにしてというところで、すごく好きな言葉なので。過去は忘れて次に臨むっていうことはいつも考えています」 羽生善治(はぶ・よしはる) 1970年、埼玉県生まれ。12歳のとき、プロ棋士養成機関「奨励会」に入会。15歳で史上3人目の中学生プロ棋士になる。1989年、初タイトルを獲得(竜王)。1996年、史上初の7大タイトル独占を果たす。2017年、史上初の「永世七冠」。2019年6月、公式戦通算1434勝を達成し、歴代単独1位になった。 【RED Chair】 ひとりの人生を紐解く『RED Chair』。先駆者、挑戦者、変革者など、新しい価値を創造してきた人たちの生き方に迫ります。