ガチ中華だけではない、中国発ブックカフェとライブハウスが東京に出現した理由
単向街書店を銀座にオーブンした理由
単向街書店のカフェは画廊として使われることもある。筆者がトークイベントを行ったときに展示されていたのは、北京郊外の芸術区である宋庄在住の陳慶慶さんという現代アーティストのインスタレーション作品だった。彼女は現在、北京と東京を往来する日々を送っているそうだ。 実際、彼女のように東京に移り住んだり、日中を往来したりしている中国の芸術家やジャーナリスト、ドキュメンタリー監督などの知識層はかなりの数いるようだ。 なぜそんなことが起きているのか。それはひとことでいえば、中国の政治的閉塞感がもたらしたといえる。 筆者の知人でジャーナリストの舛友雄大さんが東洋経済オンライン(「中国人向けの書店が東京で続々開業する深い事情 言論統制を嫌うインテリが日本に脱出している」2024年2月4日)で書いているように、彼らにとって「『資産の保全』『良好な教育』以外に日本を選ぶ人々のもう1つの典型的な理由が『自由な言論空間』」なのだ。 舛友さんは今日の時代を「魯迅、梁啓超、孫文といった進歩派の中国人の文学者、思想家が日本に滞在していた。混沌とした清末~中華民国初期にあって、彼らは日本で貪欲に西洋思想を身につけた辛亥革命(1911年)の前後、1895年~1920年代半ばごろの状況と似ているところもある」と指摘している。 本家である北京の単向街書店は、2006年に北京大学出身の作家として知られる許知遠さんが有志と一緒に設立したものだ。 1976年江蘇省出身の許知遠さんには、19世紀末に康有為らが進めた清朝の政治改革運動「戊戌の変法」に失敗して日本に亡命し、明治期の日本で西洋文化を学び、近代国民思想を形成した中国の啓蒙的思想家の梁啓超についての著書がある。 そんな許さんが立ち上げた書店だけに、国営書店である新華社書店のような古めかしく政治的な書籍ばかりが店頭に並べられるのとは一線を画しており、単向街書店は急速に現代化する都市文化やアート、建築、ライフスタイルなどのハイセンスな書籍を並べるしゃれたセレクトブックショップだった。日本の書籍の翻訳本も驚くほど揃えていたし、親しみやすいグルメ本や旅行書籍も多かった。 筆者は当時北京や上海にあった同チェーンの書店に何度も足を運んだものだ。各店で開催されるイベントのテーマも面白かったし、書棚を眺めていると、中国の人たちがそのときどきでどんなことに関心があるのか、手に取るようにわかったからだった。 許さんは、銀座で始めた単向街書店を、中国をはじめ日本やアジアの文化人や若者の交流の場にしたいと語っている。はたしてそうした思いは今日の日本人にどこまで伝わるだろうか。 ところで、単向街書店ではトーク以外の楽しい企画もある。ある週末の夜、筆者は日本在住の中国人DJによるライブイベントに顔を出したことがある。DJは馬遅さんという男性で、日本語が堪能な夫人がMCを務め、バーテンダーで「神秘少年」と名乗る若者がつくるカクテルを味わおうという趣向だった。 この日のテーマは「挪威的森林(ノルウェイの森)」だそうで、そのイメージに合わせたカクテルがふるまわれた。馬さんが回すレコードの楽曲は洋楽あり、JPOPあり、中国の人気ソングありで、なかなかくつろげた。 印象的だったのは、1990年代の台湾の人気シンガー任賢齊のヒット曲「対面的女孩看過来」がかかると、みんなが手拍子して声を合わせて歌っていたことだ。中国の若い世代にとってこの曲は誰もが知っているナツメロのようなものなのだろう。