バカ増殖中の日本に知の巨人が警鐘…「精神年齢が幼児の大人」が社会システムを腐らせる絶望的事実
■身体を動かすことで頭を使えるようになる 【養老】内田さんと『逆立ち日本論』(新潮選書・2007年)という対談本を出したとき、「我々にはオバサンぽいという共通点がある」と気づいて笑いましたね。オジサン的というのは、僕の若い頃を席捲したマルキシズムのように、社会観なり歴史観が予めあって、物事を裁断する。それに対してオバサンぽいというのは、具体的で日常的な事柄から説き起こすことです。 僕はマルキシズムに対する反動みたいな形で自分の考えを形作ってきたので、日常に関わりのないテーマを熱くなって議論してみても仕方がないと思っています。学生時代に、嫌というほど刷り込まれた実体験です。 【内田】僕は、マルクスも本質的にはオバサンだったんじゃないかと思ってるんです。マルクスは実際に自分が見聞したヨーロッパの労働者たちの悲惨な就労環境に対する激しい怒りに駆動されて、資本主義はどうしてこんなに非道な仕組みなのかを解明しようとした。生々しい惻隠の心から発しているんです。でも、それ以後のマルクス主義者は、マルクスを勉強してマルクス主義者になった。だからオジサンなんです。 【養老】だから僕は、「みんな田舎へ行け」と言ってるんですよ。都会では人の顔を見て口や手だけ動かしていれば済みますが、田舎暮らしだと、何でも自分の身体全体を使ってやらなければいけないからです。 身体を動かすのに頭を使う必要があると、普段から意識している人はほとんどいません。しかし身体を使うことを省略していったら、脳みそを使うことも省略されます。頭を使わなきゃ身体は動かないって、脳卒中になったらわかりますけどね。 【内田】僕は合気道の稽古を通じて自分の身体を観察しているので、本を読むときも、人の話を聞くときも、自分の身体の反応を観察しています。身体って非常に知的な器官ですからね。 【養老】ところが役に立たないと思ってるんですよ、この国は。 【内田】僕の見る限り、小学校6年生までの子どもは昔とあまり変わらないです。素直で、元気です。でも、中学に入って高校を卒業するまでの6年間で、みんな萎れてしまう。この中等教育6年間が、日本の教育の一番の弱点のような気がします。 【養老】それは、いろんな面から指摘されていますね。小学生は口が達者で困りますけど(笑)。とてもかなわないですもん。 【内田】言葉ってある種の呪力があるんですよね。「すみません、そこの窓開けてもらえますか?」と言うと、誰かが窓を開けてくれる。これ、よく考えたらすごいことなんです。わずか一言で他人を動かして複雑なタスクが一つ達成されるんですから。都会の子どもたちはこの「言葉の魔力」にいささか頼りすぎなんだと思います。田舎だと、「そこの雑草を抜いて」と言っても、誰も自分の代わりに抜いてくれる人がいない。自分の身体を動かすしかない。身体を使うしかないという場面に身を置けば、言葉がもつ全能感に対して抑制がかかるんじゃないでしょうか。 言葉の魔術的な力は年々強まっているように見えます。SNSで罵倒されたせいで鬱になったり、自殺したりする人もいますが、言葉が、それも面と向かっての言葉じゃなくて、電気信号でしかない言葉が、他人を動かしたり、苦しめたり、場合によっては殺すことまでできる。言葉の呪力がここまで高騰したことはかつてなかったんじゃないでしょうか。 【養老】オウム真理教の「ポアしなさい」という言葉を思い出しました。 【内田】言葉の呪力にアディクトした人がより高い全能感を求めると、今度はものを壊すようになる。創造するより破壊するほうが簡単だから。創造を通じて現実を変えるのと、破壊を通じて現実を変えるのでは、破壊のほうが100倍出力が大きいといわれています。100年かけて建てた建物でも一夜で灰燼に帰すし、10年かかって築き上げた信頼関係も心ない一言で一瞬で壊すことができる。だから、全能感だけを求めて行動する人は決してものをつくらない。壊すようになる。 【養老】僕は政治にまったく無関心で、チラッと聞こえてくるだけでも不愉快なんですね。というのは、岸田さんが選ばれた前回の自民党総裁選のとき、候補者4人の政策を新聞で一応読んだら、環境問題が皆無だったからです。だからもう、政治家に何を言っても無駄だと諦めていました。 そうしたら岸田さんが、辞めると言い出す直前の7月に「観光立国推進閣僚会議」というのを開いて、「全国に35カ所ある国立公園すべてに、高級ホテルを誘致する」と提唱したんです。何を言ってるのか。国立公園では、虫1匹捕るのも規制されてるんですよ。 【内田】そんなに厳しいんですか。