バカ増殖中の日本に知の巨人が警鐘…「精神年齢が幼児の大人」が社会システムを腐らせる絶望的事実
お客様は神様ですと本気で信じているのか、土下座での謝罪を要求する。自分が絶対的な正義だといわんばかりに、SNSで他者を叩き続ける。政治家の劣化もはなはだしい。バカが増殖する今、賢者の声に耳を傾けよう。 【図表】過去3年間の企業におけるハラスメント該当事例の有無 ■抑制の利かない人が社会の主流を占める 【内田】日本人の知性はどんな状態なんでしょう。ネット上では、やけに威勢のいいことを言う人間が増えました。差別的な思想や利己的な考えは、心の中にあっても口にはしないものだったのですが、今は思ったことをそのまま口に出すようになりました。これは知性の問題というより、むしろ抑制の問題ではないかと思います。僕はもう10年ほど、「抑制が利いてる」という評言を耳にした覚えがありません。「抑制の利いた文体」を褒めるのも久しく見たことがない。 【養老】10年くらい前ですけれど、「子どもの辛抱」について研究してる人がいてね。パソコンの画面を見せて「こういうことがあったらボタンを押しなさい。こういうときは押したらいけない」と指示すると、子どもというのはボタンを押したがるので、押してはいけない場合に解答を間違えやすいんですよ。 結果は、間違える割合が、当時の小学校6年生と2年生で同じくらいだった。要するに「6年生なのに、2年生くらいの辛抱しかできなくなっている」という結論が印象的でした。子どもだから素直だといえばその通りですが、かつては教育なりしつけなりが、分別や我慢を教えていました。共同体の中で、抑制はひとりでに養成されていたんです。それがなくなって野放図に育った人たちが、社会の主流を占めるようになったんじゃないですか。 【内田】幼児のまま成長が止まっているという印象は僕も受けますね。抑制というのは市民的な成熟を要求することですから。常識が抑制のための装置として機能しなくなってきたと感じますね。「いくらなんでも非常識」という言葉の実効性が失われてきました。 カスタマー・ハラスメントも、消費者が本当にサービスの質の向上を求めるなら、するはずのない行為ですよね。従業員に理不尽な屈辱感を与えれば、働き手がいなくなって、人手が足りなくなり、やがて閉店する。それまで受けられたサービスが受けられなくなるから損失をこうむるのは消費者自身なのに。 【養老】学校の教育もそうですよね。教員が離職する理由の第一が、保護者からのクレームですから。 【内田】カスタマー・ハラスメントにしても保護者からのクレームにしても、昔だったら口を開く前に、一度足を止めて「これをすることで結果的に自分に利益がもたらされるかどうか」を計算すれば、「言わないほうがいい」ということのほうが多いはずなんです。でも、それよりいきなり相手に屈辱感を与えて、いっときの爽快感や全能感を手に入れることを優先する。そのせいで社会システムがあちこちで崩れ始めている。その被害をこうむるのは自分たちですから、まことに愚かです。 【養老】常道というのは、社会が醸成するものですからね。 【内田】言葉の厳密な意味でもっと「利己的に」ふるまうべきだと思うんです。長期的なスパンで、安定的に自己利益を確保できるかどうかを配慮したら、その場で自分の一時の感情に流されるより、抑制したほうが利益が多い。感情を剥きだしにすることは太古的な共同体では禁忌でした。抑制するというのは別に近代的なマナーであるわけではなく、人間が共同的に生きてゆくために必須の人類学的ルールなんです。