「アレック・ソス 部屋についての部屋」(東京都写真美術館)レポート。6つ「部屋」で見つけた夢・憧れ・写真への情熱
影響を与え合う他者
第5の部屋は本展の核心とも言える。ここで展示されているのは、ソスのキャリアのターニングポイントと本展が生まれるきっかけとなったシリーズ「I Know How Furiously Your Heart is Beating」だ。初期からアメリカを旅しながら、風景や人々を大判のカメラで撮影してきたソスだが、2017年から2019年にかけて撮影された本シリーズは地理的な要素に縛られず、世界各地で訪れた部屋を映し出している。作風も「Sleeping by the Mississippi」より柔らかく、被写体の世界が開かれている空間とインテリアそのもで描かれているのだ。 《Anna, Kentfield, California》(2017)の主人公になっている舞踏家・振付家のアンナ・ハルブリンとの出会いがとくに印象的だったという。空間を自由に扱い、仕事を通して他者の身体に触れてきたハルブリンを見て、自分と他者との距離感、あるいは自分と他者との関わりについて考え始めるきっかけとなったのだ。 ここでソスが語った面白いエピソードをひとつ紹介しよう。真ん中の写真に写っているのはポピュラーミュージック・シーンに革新をもたらしたプリンスの歌の楽譜。じつはソスを実家を買い取って、更地にしていたプリンス。この出来事を根に持ったソスが、プリンスが住んでいたすべての家を訪問して撮影すると決めた。この一枚もかつてプリンスが住んでいた家で撮影されているのだ。
なぜ写真を撮り続けるのか
最後の部屋は写真の本質を再確認するシリーズ「A Pound of Pictures」と世界初公開となる新作「Advice for Young Artists」を展示。アメリカ各地の美術学校を舞台にしている「Advice for Young Artists」には若いアーティストたちのポートレイトも含まれるが、今回の主人公は人に限らない。教室やスタジオに置かれている物も主役となり、ユーモアのある空間を演出している。 《Still Life II》(2024)の奥からひょっこり顔を出しているのは作家本人。歳を重ねるにつれて自分自身にカメラを向けたくなる気持ちが増えたという。「若いアーティストへのアドバイス」と名付けられている本シリーズは、歳を重ねるソスにとって原点回帰の手段でもある。アーティストとして見られたいけど、見られたくない。なぜアーティストじゃなければいけない、そして、なぜ自分が写真を撮り続けているのか。そうした葛藤と根本的な問いと向き合っているシリーズだと言える。 「予測できない展開で観客を驚かせたかった」と展覧会の構成について説明するソス。初期から現在までのシリーズの全貌ではなく、少しずつ「テイスト(味見)」する感覚で楽しんでほしいという。物語を紡ぎ出すようなソスの写真表現を、ぜひ実際に目で見てもらいたい。
Alena Heiß