愛しきまひろを残してこの世を去った周明。辛くても、人生が続く限り生きていかなければならない【NHK大河『光る君へ』#47】
悲しくとも、苦しくとも人生は続く
本作には自らの思いに反し、他者によって命を奪われてしまった人たちが多くいます。ちやは(国仲涼子)や直秀(毎熊克哉)、周明のような明日があったはずの人たちが第三者によって突然にして命を奪われてきました。人間という存在のはかなさや残酷さが色濃く描かれているように思います。 また、周明が「命あればどうにでもなる」とまひろに伝えていたことにもいえるように、生きていれば希望はなにかしらあるものです。そうはいっても、人生は悲しく、苦しいものでもあります。 隆家は今でこそおだやかに暮らしているものの、かつては兄・伊周(三浦翔平)と花山法皇(本郷奏多)の衣の袖を弓で射抜き、処分を受けていますし、政力争いの渦中にいました。 「俺も いろいろあったが悲しくとも 苦しくとも 人生は続いてゆくゆえ しかたないな」
上記の言葉は、隆家が周明の死を嘆く、まひろにかけた言葉です。隆家の言葉にあるように、私たちは悲しくとも、苦しくとも人生が続く限り、生きていく必要があります。 生きていれば悩みや苦しみのすべてから解放されることはなくても、隆家のようにおだやかに生きられる日が訪れるかもしれません。
また、賢子はまひろが綴った光る君への物語から人生について学んだようです。 「人とは 何なのであろうかと深く考えさせられました[略]されど誰の人生も 幸せではないのですね。 政の頂に立っても好きな人を手に入れても よい時は つかの間。 幸せとは 幻なのだと母上の物語を読んで知りました」 賢子が話すように、誰の人生も幸せではないのかもしれません。政の頂に立っても幸せを感じられるとは限りませんし、その栄光ははかなきものです。道長、兼家(段田安則)、道隆(井浦新)、道兼(玉置玲央)は自分や家族の心を犠牲にしてのし上がってきましたし、詮子(吉田羊)は幸せな女子はいないと生前嘆いていました。また、花山天皇や一条天皇(塩野瑛久)も出自ゆえのつらさを抱えていました。 絶頂期の後は下り坂というのが世の常。栄華のさなかにあるときも、自分の立場が揺らぐ日の訪れを察し、恐怖心を抱くこともあります。 また、庶民については重労働や重税に疲弊する日々を送り、明日の生活を維持できるかという不安を常に抱えています。 本作も残すところ一話となりました。終盤にきて戦のシーンが挿入されたり、武力をもつべきという声が上がったりと、不穏さが増しているようにも思います。まひろと道長の志や思いはどのようなかたちで未来につながっていくのでしょうか。 この続き「平安時代、大宰府は雅な都の暮らしを支える場所だった。中国経由で日本に入ってきた贅沢品とは?」では、都に次いで栄えていた太宰府についてご説明します。
アメリカ文学研究/ライター 西田梨紗