なぜ栃木や群馬などの「官製富裕層ツアー」が失敗するのか? 嬉野の「ティーツーリズム」に外国の富裕層が殺到する理由
筆頭格の1つはブルガリホテル東京です。同ホテルのゼネラルマネジャーが自ら嬉野茶の生産農家を訪ね、その品質とともにストーリーの伝え方に感動したことが発端で、同ホテルでは「きたの茶園」のうれしの茶が提供されています。 同ホテルだけではありません。そのほかにも東京都内で近年建てられた外資系のラグジュアリーホテルでも、やはりうれしの茶が提供されるようになっています。その中には茶農家を月に一度招いて、顧客の注文を受けてからその都度お茶を抽出して提供するプログラムも人気です。
嬉野温泉のティーツーリズムは、これらの場所を起点として「このおいしいお茶はいったいどこで作られているだろうか」という関心を高め、来客を増やしているのです。誠実に、そして着実に顧客に伝えていく努力のうえに、現地への観光需要が創出されているのです。 実は、一連の取り組みを始める以前は、生産者である茶農家からみれば、どんなに頑張っても卸売価格が1キロ当たり数千円にしかならず、茶農家の時給に換算したら400円を割るようなありさまだったと言います。多くの茶農家の方々が未来に絶望していたといいます。
しかし、安売りをせず、むしろ「いかにして高付加価値のお茶を価値に見合う形で販売していくのか」を考え、先祖から続く地域産業の歴史、伝統をしっかりと説明する努力を続けた結果、今は「稼ぐ茶産業」に転換できています。 挑戦する茶農家が出て、各々が所得を上げ、それを未来に向けて再投資をするという好循環ができあがりつつあります。 土壌にこだわって、これからも高品質のお茶を作り続けるために「茶畑スポンサー制度」も設計されています。すでに高品質のうれしの茶を使いたい、届けたいといった名だたる大企業などが支援をするようになっています。こうした取り組みは全国の他のお茶の生産地にも刺激を与えており、今や視察者が後を絶ちません。
■肝心の日本人が自らの評価ができていない 実は全国各地には、嬉野温泉のお茶だけでなく、江戸時代の幕藩体制下、もしくはそれよりかなり古くから地元の領主に向けて献上されてきた、さまざまな特産物があります。 この日本の地方には山ほど存在する職人の技、すなわちクラフトマンシップについては、私が世界各国を訪問すると、会う人会う人に毎回絶賛されています。しかし、肝心の私たち、日本人が自らの評価ができていないのです。そのため、産業として発展させることができず、関係する地元の人々は低賃金労働を強いられ、心ならずも廃業していく事業者がいまだに多数です。
茶畑が本当にきれいな季節です。冒頭のような、地方の行政者が400万円のパックツアーを売るなどという表面的な企画ではなく、日本が数百年、1000年超と築き上げてきた歴史文化を持つものに価値を見出すことこそ、富裕層観光の入り口なのだと思います。
木下 斉 :まちビジネス事業家