会話をしながら「むき出しの脳」よりがんを切除…41歳の新聞記者が命をかけた「覚醒下手術」の壮絶
2009年、朝日新聞の桂禎次郎記者は、平均余命15カ月という最凶の脳がん「膠芽腫(こうがしゅ)」と診断された。桂記者は、言語機能への影響を避けるため、開頭後に麻酔をさましがんを切除できる箇所を確かめる「覚醒下手術」を選択した。手術は大成功だったが、桂記者は職場復帰から7カ月で亡くなる。「がんvs.人間」の最前線を描いたノンフィクション『がん征服』(下山進著、新潮社刊)より、プロローグの抜粋をお届けする――。 【写真】朝日新聞の桂禎次郎記者。享年41。 ■「これはなんですか?」「ブランコです」 朝日新聞記者の桂禎次郎(かつら・ていじろう)が目覚めると、ブルーの術衣を着た主治医の岩立康男(いわだてやすお)がたっていた。 「桂さん、気分はどうですか。始めますよ」 2009年3月12日、12時30分すぎ。 千葉大学医学部附属病院の手術室。 桂の頭は、鉄製の固定器で、四点で支えられている。それを頭頂部側から見ると頭蓋が取り外され、脳がむきだしになっているのがわかる。 言語聴覚士の女性がカードをもって「これはなんですか?」と目の前に差し出して聞く。 「ブランコです」 脳の表面には、金属片が張り込まれた透明なシート(グリッドという)が、しかれている。これを電極の二つの棒で指し電流を流す。 カードの絵柄をよどみなく答えていた桂が突然、言葉を発しなくなる。 そのグリッドの二点の場所を別の言語聴覚士が記録していく。 その箇所は言語野にあたるため、切除すると言葉が発せられなくなる障害がでるということだ。 いったん、全身麻酔で患者を眠らせ、その間に開頭手術をし、脳をむきだしにした状態で、覚醒させる。そのうえで、腫瘍周辺の部分を電気刺激をしながら、カードを患者に読み取らせて発話させる、あるいは腕を動かさせる。 そして、切除してよい場所をぎりぎりの部分まで見極める。 これを覚醒下手術という。