なぜ吉田麻也は今日未明開催”勝負”のサウジ戦を前に「批判されない監督など世界にいない」と森保監督全面支持を打ち出したのか
一方では「高い地位についた人の面目が立つように、縁の下であれこれ努力するさま」も意味していて、言うまでもなく吉田が伝えたかったのはこちらとなる。 ならば、なぜ「みこしを担ぎたい」という言葉を使ったのか。質問に返した吉田の言葉を、順を追ってたどっていくと「だからこそ――」から始まる答えの意味がわかる。 「ひとつに批判されない代表監督はいないと思うんですよね。それこそドイツでもブラジルでもスペインでも批判されるし、もちろん森保監督も就任前からおそらくその覚悟はあったと思いますし、いまでももちろん持ってらっしゃると思います。僕もいろいろな監督とやってきましたけど、何て言ったらいいのかな、まあまあ難しい監督が多いです。監督というのはそういうものだと思うので」 ここまで語った吉田は、苦笑いとともに言葉をちょっと途切れさせた。 プロとして名古屋グランパスを皮切りにオランダのフェンロー、イングランドのサウサンプトンをへてイタリアのサンプドリアでプレー。日本代表でも岡田武史、アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチ、西野朗、そして森保監督のもとでプレーした自身のキャリアを思い出しながら、再び言葉を紡いだ。 「そのなかでも本気で選手のことを考えてくれる監督というのは、僕のキャリアのなかでも本当に少なかった。その数少ない一人が森保監督だと思うし、なかなか本当に選手ファーストで物事をここまで考えてくれる監督はいないんじゃないかなと」 吉田の脳裏には、前回の9月シリーズで森保監督が下した決断が蘇っていた。 招集メンバーのなかには、当時セリエAのボローニャに所属していた冨安健洋も含まれていて、8月30日に帰国・合流する予定になっていた。しかし、現地時間31日に締まる夏の移籍市場で他チームへ移る可能性が急浮上。実際に移籍が成立した場合には、新天地へわたった上でメディカルチェックなどを受ける必要が出てくる。 JFAの技術委員会を介して冨安から相談を受けた森保監督は、吉田とセンターバックを組む不動のレギュラーだった冨安へ、ヨーロッパに留まっていいと伝えた。実際に期限ぎりぎりで名門アーセナルへ移籍した22歳は、後にこんな言葉を残している。 「ヨーロッパに残らせてもらったことに関して、日本サッカー協会と(森保)監督には本当に感謝しています。それがなかったら、移籍できていなかったので」