天候を味方につける“持っている男”M.マルケス。ヤマハが抱える問題点と小椋藍への期待/MotoGPの御意見番に聞くサンマリノGP
9月6日から9月8日、2024年MotoGP第13戦サンマリノGPが行われました。ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリでの連戦となる初戦。スプリントでは、ホルへ・マルティンが勝利しポイントをリードし、決勝では降雨がレースの行方を分けました。スリッピーな路面で果敢に攻めたマルク・マルケスが2連勝を飾りました。 【写真】日の丸を掲げてウイニングランを行う小椋藍 Moto2クラスでは小椋藍が勝利し、ランキングトップに浮上。日本GPに向け好調を期待したいですね。 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第38回目となります。 * * * * * * --前回のレースが非常にセンセーショナルな結果だったので、今回もマルク・マルケス選手から目が離せなかったのですが、またまたやってくれましたね。遂に天候まで味方に付けてしまったのかって感じでしたが…… 初日から良いペースだったので、アラゴンGPの優勝で調子に乗って来たなと思っていたら、Q2でいつものようにフロントからクラッシュ。スプリントでは9番グリッドからのスタートで5位までポジションを上げたけれど、ドカティの新型機を駆る上位陣とのタイム差はかなりあったので、この調子では今回の優勝は無いなと思ったんだけどねぇ。 それがスタート前から小雨がパラつく難しい天気になったのは、もう「持っている」としか言いようが無いね。滑りやすい路面でのコントロールの上手さは前戦でも遺憾なく発揮していたけれど、今回もあれよあれよという間にトップに躍り出ていた。 でもレース序盤でトップに立ったから、正直なところこのままでは終わらずもう一波乱あるだろうと期待していたから何も無くて退屈だったよ(笑)。 途中までは(フランセスコ・)バニャイア選手が必死に食らいついていたけれど、やっぱり前戦で負った怪我のせいなのかな? 後半ではじりじりと離されて最後には3秒差をつけられてしまったね。後半に強い(エネア・)バスティアニーニ選手も更に離されていたから、これはマルク・マルケス選手の強運とそれを活かす操縦技術の勝利と言うしかないね。 --ホルヘ・マルティン選手が早々にマシンスワップをしたわけですが、結果的に雨は思ったほど強くならずもう一度マシンスワップをするはめになりました。ああいった時の判断はチームがするのですか? 基本的にライダーの判断でしょうね。今回は違うけど山間部に位置するサーキットなどは、ピットレーンとトラック上ではまったく状況が異なる場合があるから、マシンスワップの判断はライダーに委ねるしか無いんだよ。 スプリントでは久々に強いマルティンが戻って来たと思った矢先だったのに、せっかくリードしたポイント差がまた減ってしまった。残念ながら結果的に読みが外れてしまって、往々にしてこういうことはあるとしてもずいぶんと勿体ないことをしたよね。 --直前にチームメイトのフランコ・モルビデリ選手がクラッシュしていましたから、それが判断材料になったという事でしょうか? どうだろう? あの位置関係ではモルビデリ選手の転倒シーンが視野に入る事は無いと思うけれど、背後から迫る音が消えたので何か感じ取ったかもしれないね。ちょっと腑に落ちないのは、最近の気象予報はかなりピンポイントで精度が高いサービスを提供してるので、そういうのは当然参考にしているとは思ったんだけどね。案外そうでもないのかな。 僕の現役時代にも既にそういうサービスは始まっていたけど、メカニックが地元の友人に電話して、あいつのところでもう雨が降り出してきてるから、30分後にはここも降るみたいな情報の方が精度が高かったりしてね(笑)。 --昨年の日本GPでヤマハは、ファビオ・クアルタラロ選手が比較的早めにマシンスワップしたのに、モルビデリ選手はギリギリまで粘ったところ雨は強くなるばかりで、観念してスワップした時にはもう巻き返しは出来なかったという同じチーム内での戦略の違いが有りましたね。 そうだったね、雨でレースは2ヒート制になって2ヒート目はサイティングラップで赤旗終了になったから、1ヒート目の最終コーナーで6位走行中にクラッシュした(ヨハン・)ザルコ選手がピットレーンから戻らなかったので、完走扱いにならなかったという事件が有ったのも記憶にあるね。 --アラゴンGPの前にここでプライぺートテストを実施したヤマハですが、クアルタラロ選手が初日から良いペースでQ2ダイレクト進出しスプリントとレースでポイントを獲得しました。今回は新しいシャシーも投入されたようですが…… 今回は初日からいい感じで、そのままの勢いでスプリントとレースで結果が出せたのはやはり事前の走り込みの効果が大きいと思うね。新しいアイテムの効果も多少は有ったかもしれないけれど、相変わらずグリップ不足を訴えているからね。 本人曰く、ユーズドタイヤでのペースは良いけれど、新しいタイヤに替えても一発のタイムが出ないのがずっと課題らしい。確かにセッション後半で他のライダーがタイムを上げて来るのに付いていけてない印象はあるね。 --ほとんどライダーがセッションの最後にリヤタイヤを新品に替えてタイムアタックしてベストタイムを出すというパターンですよね。それが思ったようにタイムが伸びない要因は何ですか。 考えられる理由はふたつあって、ひとつ目は新品タイヤのグリップを引き出せていない可能性がある。ふたつ目はグリップが向上した結果、前後のバランスが崩れて旋回性が悪化する可能性が考えられるね。 後者はセッティングや乗り方で何とかできるように思うけれど、前者だとすると少し厄介な問題。シャシー剛性とかエンジン形式による基本的なキャラクターとかエンジン制御のクオリティとか様々な要素が複雑に絡んで来るからね。 --なるほど、唯一無二のエンジン形式を選択しているという点で、V型エンジンとは同じようにならない可能性も有るわけですね。ところでリヤタイヤのグリップが良いのに旋回性が悪くなるという理屈がいまひとつ理解できないんですが? リヤタイヤのグリップがフロントに対して勝ち過ぎていると、プッシュアンダーと言う現象でコーナーをタイトに回り難くなるんだよ。リヤタイヤがある程度横方向にスライドしてくれた方が、コーナーは曲がりやすいという事なんだ。ミシュランタイヤはバランス的にはそういう傾向が強いと聞いたことが有るよ。いずれにせよ、タイヤというのは適切な範囲で滑らせることでグリップを発揮するらしいから一筋縄ではいかないね。 --その他にも集団で走ると温度が高くなって内圧が高くなるとか、それを見込んで低く設定したら単独走行になって最低内圧規定に引っ掛かるとか、ギャンブル性が高いですよね。ところで、ミザノサーキットはストレートが比較的短くてトップスピードも300km/hに届いていません。MotoGPマシンの最高速は350km/hにもなりますから、パワーを持て余しているように感じますが、こういうサーキットでは何か特別な対応をするんですか? 2ストロークマシンが主流だった大昔のレースでは、ストレートの短いサーキットでは独特なセッティングをすることは有ったね。例えば二次レシオをショートにして2~6速使いにするとか、二次レシオはそのままで1~5速使いにするとかね。もちろんコーナーで多用するギヤはきっちり合わせ込む必要があるけどね。 MotoGPの場合はどうなのかな、おそらくは二次レシオをショートにして低いギヤは相対的にロングにして全体的にはクロス気味の設定にするんじゃないかな、知らんけど(笑)。 いずれにせよ、最近はシミュレーション技術が発達したおかげで、どういう設定にすればベストラップが出せるかというのは事前にわかってしまうんだよね。 ちなみにバニャイア選手のポールポジションラップのオンボード映像では、表ストレートでは5速まで、T6-T8間では6速まで入れてるしT10-T11間でも6速に入るね。T11は6速ホールドで入っていくから度胸が要るよな、怖い怖い! --そういえばスプリントの最終ラップで、マルク・マルケス選手がペドロ・アコスタ選手のイン側からオーバーテイクしていましたが、あれについては、「俺の前を走るなんて10年早いわ!」的なメッセージなのかなと思いましたが実際はどうなんでしょう。 それについては本人がそうじゃないと言ってるから、特別な意味は無いんじゃないの(笑)。アコスタ選手だからあそこで抜いたとかじゃなくて、前のライダーにスキがあったから抜いたという事でしょ。ただし、初日から調子良くていいペースだったのがQ2でクラッシュしてグリッド3列目になってしまったので、後半でかなりアグレッシブにオーパテイクを仕掛けていたのは事実だけどね。結果的に前を行くKTM勢は全部抜いてしまったし。 いまやライバルはドゥカティの最新型を駆る連中に絞られてきたから、それ以外の連中の後塵を拝するなんてあり得ない、という意識はあったかもね。 それにしても250km/hでコーナリングしている時に抜かれるなんて、気持ちの良いものじゃないだろうね。相対速度は遅いから抜かれるまでの時間はかなり長く感じたんじゃないかな。 --ホンダファクトリーは初日からジョアン・ミル選手が急性胃腸炎で不参加、ルカ・マリーニ選手もスプリント終了後に同じような症状でレースは不参加と大変な事になりましたが、サテライト組が頑張ってヨハン・ザルコ選手12位、中上貴晶選手13位、テストライダーのステファン・ブラドル選手が14位と3人全員がポイント獲得というちょっと皮肉な結果になりましたね。 前回もそんな話をしたと思うけど、今回はふたりがクラッシュして6人がマシンスワップで失敗した結果だからポイント圏内と言っても手放しでは喜べないんだよね。 だとしても、完走した3人が粘り強く走った結果なので、これが良い流れを呼び込むきっかけになってくれるといいんだけどね。ファクトリーチームの連中はこういう状況でも心折れることなく頑張って欲しいよ、ホントに……。 --最後になりますが、来年MotoGPに昇格予定の小椋藍選手が今回優勝してランキングもトップに躍り出ました。いよいよ日本人チャンピオンの夢が現実的になって来ましたね。 オーストリアGPで骨折したそうだけど、復帰戦のアラゴンで8位入賞して今回は優勝か。頑張ってるよね。チームメイトの(セルジオ・)ガルシア選手とのチャンピオン争いと言うのが、かつての(オリビエ・)ジャック選手と中野(真矢)選手の関係に重なるけれど、遠慮しないで是非チャンピオンを獲得して欲しいよね。 Moto2の前身の250cc時代には、原田(哲也)選手、加藤(大治郎)選手、青山(博一)選手と多くの日本人チャンピオンを輩出したけれど、4サイクルマシンになってからは皆無だからね。過剰な期待はプレッシャになるので暖かく見守る事にしましょう! [オートスポーツweb 2024年09月12日]