【アンティーク・ヴァイオリンをめぐる冒険】みなで分かち合う、歓びの歌
石田信彦(いしだ・のぶひこ) 医学博士。東京や埼玉で複数の病院を再建し、自ら医療法人を創設。玉堂美術館(東京都青梅市)の経営も担う。神奈川県横須賀市出身。両親が共働きで忙しく、近所の人々に助けられた経験から、地域を支える医療を志す。
支援する対象を伝統芸能以外にも広げ、若い才能を育てる手伝いがしたいと思い始めていた2022年9月、石田は三越伊勢丹が老舗弦楽器専門店の文京楽器との協業で立ち上げたばかりの「ヴァイオリン貸与プログラム」を紹介された。若手演奏家がさらに成長するためには、より豊かな音色をより遠くまで響かせることができるアンティーク・ヴァイオリン(16世紀から20世紀に製作された名器)が必要だが、その価格は高騰の一途をたどり、とても手が届かない。そこで百貨店が上位顧客のなかで所有者を募り、才能あふれる若手に貸与するのが、同プログラムの仕組みである。 伊勢丹新宿店の外商から話を聞いたその場で、石田は「ぜひやりたい」と即決し、柔らかい音に惹かれて「アンニバーレ・ファニョーラ」(1923年製)のオーナーになった。ほどなくして貸与する演奏家を選ぶオーディションが行われ、ここでも石田は迷わず、当時中学3年生だった荻原緋奈乃を選んだ。心に迫る演奏と彼女自身の聡明さに惚れ込んだからだ。荻原から毎月届く活動報告を読むと、国内外のコンクールで優秀な成績をおさめるなど活躍の様子がわかり、目を細めているという。11月には山城屋で、荻原の独奏会が青木村の子どもたちのために開かれた。「緋奈乃さんは日本を代表するヴァイオリニストになると思うし、彼女のような演奏家が輩出するようにお手伝いをしたい」と石田は言う。ヴァイオリンを本格的に学びたい青木村の子どもを支援する基金の設立を検討中だ。荻原への支援も長期的に続けたいと話す。「彼女の技量に対応できる楽器を提供しつづけられたら最高ですね。でもストラディヴァリウスは無理かな」と穏やかな笑顔で言う。