『モアナと伝説の海2』に登場、半神「マウイ」に彫られたポリネシアのタトゥーの意味とは
マウイのタトゥー
2011年、米ウォルト・ディズニー・カンパニーの監督であるジョン・マスカー氏とロン・クレメンツ氏は、『モアナと伝説の海』のためにポリネシアを旅し、調査した。そのときの調査旅行は歴史家、人類学者、言語学者、文化的実践に携わる人々からなる「オセアニック・トラスト」の設立へとつながり、彼らは映画の詳細を決める上で多くの助言をした。 メンバーだったタトゥー・アーティストの巨匠スア・ピーター・スルアペ氏と人類学者のディオンヌ・フォノティ氏は、映画に登場するタタウ(サモア語でタトゥーという意味)を正しくデザインするのに中心的な役割を果たしている。 サモアには先祖代々タトゥーの彫り師を生業とする家が2軒残っているが、スア氏はその1軒の出身だ。「その技法はベールに包まれ、決して明かされることはありません」と、フォノティ氏は言う。タタウは神聖なものであり、ほんの一握りの者だけに知識が伝えられるのだ。 「サモア人が見た時にサモアのものだと分かる特徴を入れたいと思いました」とフォノティ氏は言う。「今日のタトゥーがどのようなものかは分かっていますが、何千年も前はどうだったのでしょうか?」 映画に登場するマウイのタトゥーは、タタウのようにリアルで正確であるよりも、物語を説明するように意図的にデザインされている。例えばマウイの胸にはタトゥーで表現されたマウイの分身「ミニ・マウイ」が投げ縄で太陽を捕まえる様子が描かれている。 サモアの文化では、功績をあからさまにタトゥーで表現することはない。「サモア人は謙虚な人々です。私たちは自慢したり自画自賛したりすることはありません。私たちの言語や感情の表現も非常に比喩的なのです」と、フォノティ氏は言う。 スア氏の父親であるスア・アライバア氏の下で修業したトエトゥウ氏は、マウイには1990年代後半に出現した「ネオ・ポリネシアン・トライバル・タトゥー」があると指摘する。これはポリネシアとアジアのアート、グラフィティ、イラストを融合させたものに、民族のモチーフをミックスさせた現代的なスタイルのタトゥーだという。ネオ・ポリネシアン・トライバル・タトゥーは民族に関係なく誰でも入れられることになっている。 一方、手作りの器具を使い施術する伝統的なタタタウ(トンガ語でタトゥーの意味)は、特定の民族、家柄、社会的地位の人だけが入れられる。「タタタウはオセアニアの伝統に深く根ざしており、スピリチュアルで神聖なものなのです」と、トエトゥウ氏は説明する。 「タタタウで描かれるシンボルは、私たちを祖先や、フォヌア(陸)、モアナ(海)、ランギ(空)、大海原の航海を導いてくれる星々と再び結びつけてくれるのです」 トエトゥウ氏がタタタウを彫る時は、そのためだけに認められた部屋で行う。施術の間、ドアは閉じられたままだ。「責任は重大です。タタタウは仲間に身を委ね、仲間に対する責任を果たすという誓いなのですからね」と、トエトゥウ氏は言う。 タタタウを入れる人には、施術の間の精神的、肉体的な苦痛に耐えられるよう家族や村人が付き添う。施術は数週間から数カ月かかり、タタタウが完成した暁には家族と村によって祝いの式典と宴が催される。「式典は神、祖先、家族、村への奉仕を約束した象徴なのです」とトエトゥウ氏は言う。 映画の中のマウイにある小さな分身のタトゥー、ミニ・マウイは、独自の人格を持つ。『ピノキオ』に登場するコオロギ「ジミニー・クリケット」のように、マウイが正しい決断をできるよう導く、いわばマウイの良心だ。 ハワイの伝統的なタトゥーイストであるカレフア・クルッグ氏は、現実のタトゥーも良心の働きをすると言う。「タトゥーは自分が立てた誓いを思い出させ、共同体の中での役割に応じた行動や決定をするよう導いてくれます」 ハワイにはマカ・ウヒと呼ばれる顔へのタトゥーがある。マカ・ウヒは力と社会的地位のシンボルで、クルッグ氏の顔にも後頭部からあごにかけて複数の三角形のマカ・ウヒと、同氏が儀式での演説者であることを示す黒く太い線のマカ・ウヒが口を横切るように入っている。 「ポリネシアでは、体に永久的に残るデザインを入れるカーカウ(ハワイ語でタトゥーの意味)は誓いを意味します」と氏は言う。「体にタトゥーを入れるのは、自分自身、祖先、共同体に対して約束をしたという証しであり、クレアナ(責任)の印なのです」