人の認知をハッキングする「ウソの飽和攻撃」とその対策
そもそも、この県知事選は、斎藤元彦県知事(当時)に対して、県幹部が職員に対するパワーハラスメントやプロ野球チーム優勝パレードの不正などで内部告発。これに対して斎藤県知事(同)が、当該幹部を特定して懲戒処分を下し、幹部が自殺したことから始まる。県議会は全会一致で、斎藤知事(同)の不信任を決議し、彼が失職を選んだ結果、選挙となった。 県議会全会一致の不信任、というのはよくよくのことであって、事実認定としてかくも強力なことはなかなかない。が、なぜか選挙戦終盤近くになり、斎藤前知事は「あの人、実は良い人なのでは」と、徐々に支持を集めている。 何が起きているのか――11月12日になって、斎藤陣営がXに持つアカウントに生成AIによるフェイク画像をアップしたことが明らかになった。演説する斎藤前知事の前に多数の群衆が集まるという画像の、群衆部分がAIで生成したフェイクだったのである。 どうも斎藤陣営は、ネットとリアルの選挙運動の双方で、「ウソの飽和攻撃」を行っている可能性が非常に高いように私には思える。それが人々の認知をゆがませて、選挙戦終盤での支持率上昇となって現れているようだ。 私は、この週末の兵庫県知事選の結果が、今後の日本の政治状況に対する試金石になると感じている。ここで斎藤前知事が勝利するようなら、日本の政治においても「ウソの飽和攻撃」の効果は「あり」だと認めることになる。今後の選挙は地方選挙から国政選挙に至るまで、ことごとく「ウソの飽和攻撃」だらけとなるだろう。 ●飽和攻撃への対策はアルゴリズムしかない ここまで説明してきたように、ウソの飽和攻撃とは、古典的な詐欺師の「立て板に水」という手法を、ネットの増幅力を使って大幅に強化したものだ。政治が「ウソの飽和攻撃」だらけになるということは、政治から、安定したガバナンスに必要不可欠である信頼が完全に失われるということにほかならない。 一体どうすればいいのか。当面は、私たちひとりひとりが良識を働かせて判断していくしかない。が、人は多様であり、良識のない人は確実に一定割合でこの社会に存在する。「ウソの飽和攻撃」という効果的に他人を従属させる方法を前にして、「こんな恐ろしいことはできない」ではなく、「しめしめ、俺もこの手を使ってやろう」と考える人は必ずいる。 重要なのは、「ウソの飽和攻撃」はヒトの本能をも巻き込んだアルゴリズムであるということだ。対抗策は必然的に「ネットに、倫理をアルゴリズムとして実装する」というものになる。アルゴリズムには、アルゴリズムで対抗する必要がある。 そんなことができるのか――が、21世紀を明るく前向きで、よりユートピアに近い世紀にするためには、ぜひともやらねばならないことだと思う。 その第一歩は、動画配信サイトやSNSの「おすすめ」に、わざと反対意見やその人が嫌いそうなことも混ぜ込むようにすることではなかろうか。 「お肉ばっかり食べてないで、お野菜も食べなさい」みたいな当たり前のところに行き着いてしまった。私たちは、子どもの「えんがちょ」からいくらも進歩していないレベルのまま大人になって、この社会を回しているのだな、としみじみ実感する――。 映画「シン・仮面ライダー」の制作で、執拗に「自分から出る」ことを追求した庵野秀明監督の態度を思い出す(「世界の中心でAIが『気持ち悪い』と叫ぶ日」彼の偏食は有名だが)。「楽しいこと見つけて、そればっかりやってて、何が悪いんだよ!」では、21世紀は立ち行かない、ということだ。
松浦 晋也