人の認知をハッキングする「ウソの飽和攻撃」とその対策
ヒトは、見ず知らずの他人と初めて接する時、警戒はするがいきなり攻撃をするということはしない。まずは情報を交換して相手の出方を探り、その上で相手と協調しようとする。ヒトは群居する霊長類であり、他者との協力が生存の前提となるから、このような行動様式を持っているのだろう。つまりヒトの他者との関わりは「初手は協調」であって裏切りでも攻撃でもない。 だから最初から裏切る意志を持って、ウソを一気かつ大量に流し込めば、相手の「まず協調・協力する本能」から入り込んで、簡単に相手をだますことができる。 この方法論が、実にネットとの親和性が高い。 ネットには倫理が実装されていない。そこにあるのは、「同種の情報はおすすめを通じて集まってくる」「アクセスを集めれば収益になる」といったアルゴリズムだけだ。アルゴリズムは、プラットフォームを運営する企業の利益を最大化するように設定されている。目的は「ユーザーをより長時間、プラットフォームに釘付けにする」だ。ほとんどのプラットフォームはネット広告に収入を依存しているので、多くの人がより長時間プラットフォームに滞在して利用するほど収益が大きくなる。 従って、動画配信サイトやSNSでウソを流してアクセスを集めることは、プラットフォームの利益にもなる。そして動画配信サイトやSNSは、集まってくる人にウソを一気かつ大量に流し込むのに非常に好適な仕組みだ。「おすすめ」機能が似たような情報をどんどんユーザーに流し込むのだから。 おすすめで似たようなウソ情報を大量に流し込まれたユーザーは、自然と「そのウソはホントかもしれない」という心理状態に陥り、間違った方向に誘導されてしまう。詐欺師ならば、そこで一気に利益を刈り取って逐電すればいい。詐欺を実行するプロセスの中途でも、「アクセスをたくさん集めました。偉いね」とばかりにプラットフォームから収益を得られるので、大変効率の良い詐欺となる。 というわけで、古典的な「立て板に水」の詐欺の技術とネットワークの二人三脚が、陰謀論の広がりに一役買っている。 ●恐るべし、ウソの飽和攻撃 陰謀論を語る者は、もはやパンフレットを街頭で配る必要もないし、本を自費出版する必要もない。動画配信サイトにアカウントを作成し、陰謀論を語る動画をどんどんアップすればいい。サイトは収益最大化のために、似たような陰謀論関連動画をどんどんユーザーに「おすすめ」する。 ここで起きているのは、「ウソの飽和攻撃」と言うべき状態だ。 飽和攻撃されたユーザーは、群居する霊長類たるヒトの本能をハッキングされて、最初はなんとなく「そういうことを言う人もいるのか」と思うくらいだが、やがて熱心に「そうなんだ!」と思い込むようになる。陰謀論に染まった者は、SNSで集まり、相互に刺激し合うことでますます強固に陰謀論を信じ、やがて「目覚めた自分が人々に世界の真実を知らせねばならない」と、どんどんネットに陰謀論情報をアップするようになる。それが「おすすめ」アルゴリズムで、人々の間に出回り、ますます陰謀論にハマる人が増える。 もちろん陰謀論は本来的にバカバカしいものであって、多くの人は途中で常識を働かせて「こんなのは間違いだ。相手にするようなものではない」と気が付く。それゆえ陰謀論のまん延は現状見る程度のものでなんとか済んでいる。 しかし、政治的主張と結びつくと、ネットにおける「ウソの飽和攻撃」によって現実社会の政治状況が左右されることになる。 識者は「ポストトゥルースの時代」というような言葉を使うことがあるが。別にTruth(真実)がどうこうという問題ではない。「ネットの特性を利用したウソの飽和攻撃で、ヒトの本能をハッキングし、人々の考えを間違った方向に誘導して、現実の政治状況を左右する」ということの中には、真実はひとかけらとして存在しない。 この原稿を執筆している2024年11月第3週の時点で、日本においてもっとも広範に「ウソの飽和攻撃」を展開しているのは、兵庫県知事選における斎藤元彦候補の陣営であるように観察される。