人の認知をハッキングする「ウソの飽和攻撃」とその対策
イソップ物語の「狼が来た」と言いふらした羊飼いの少年は、いたずら心からウソをついた。「狼が来た!」と右往左往する人々が見たかったのだ。では、なぜ右往左往する人々が見たかったのかといえば、自分の一言が人々を動かすことで、自分の影響力を確認できたからだろう。彼は「世界に対して自分が力を及ぼすことができると実感したかった」のである。 別の言い方をしよう。自己顕示欲だ。 自己顕示欲とは、「周囲から注目を集めたい、自分をアピールしたいという欲求」である。右往左往する人々を眺めることで、自分が周囲に影響力を持つ存在であると確認することができ、自己顕示欲が満たされる。 「狼が来た」と言いふらした少年は、ウソがばれ、相手にされなくなり、本当に狼が来た時に「狼が来た」と言っても信じてもらえずに、彼の羊を狼に食べられてしまう。 しかし、現代の羊飼い少年にはネットがあり、SNSがある。ネットとSNSで羊飼い少年は、グローバル・ビレッジという全地球的な一つの村に住む村人に「狼が来た」と叫ぶことができる。 それだけではない。現代の羊飼い少年は、「狼が来る」と叫ぶことで、収入を得ることもできる。YouTubeやSNSのX(旧ツイッター)は、注目を集めることに報酬を出している。YouTubeは動画アクセス回数や、動画チャンネル登録者数に応じて報酬が得られる。そして、「叫ぶ内容が真実であること」を要求していない。登録者数とアクセス回数のみで報酬は決まる。 かくして自己顕示欲と、「稼ぎたい、お金持ちになりたい」という欲求とが手をつなぎ、二人三脚でスキップを始める。「真実でなくてもいいのなら、ウソで自己顕示欲と稼ぎを両立すればいいじゃないか」――。 もちろん、すべての人がそんなことをするわけではない。しかし、そう考える人は少なからずいる。 自然は多様であり、この社会にはありとあらゆる種類の人が生きている。中にはあくどいことに抵抗感がない人もいるし、倫理を欠いた人もいる。何をやってでも目立ちたい、もうけたいという人もいる。刺激を求めて、社会的規範を踏み外す者も発生するし、時には違法行為に手を染める者も出現する。 レプリコンワクチンを巡るシェディングのような陰謀論になると、「自分は巧妙に隠されて、他の人は見えていない世界の実相に気が付いている」という虚構の優越感をも与えてくれる。加えて陰謀論は「このような世界の実相を、人々に伝えねばならぬ」というゆがんだ正義感で人を駆動するようになる。 ここまでイってしまった人は、一層声高に「みんな、気が付いてくれ」と叫び、熱心にネットへのアップロードを行うようになる。そうすることで自己顕示欲と優越感の両方が満たされるので、非難も批判も届かない。うまく収益化の波に乗れば、懐も温かくなるので、ますますやめられなくなる。 陰謀論をネットで広めていくと、「あなたも、そのように感じているのですか。私もです」と別の陰謀論者も集まってくる。陰謀論者のコミュニティーが形成され、お互いに刺激を与え合うことで、ますます深く陰謀論に染まっていく。 動画サイトもSNSも、運営者の収益を最大化するために、ユーザーに「次はこんなのはいかがですか」とおすすめする機能を持っている。過去の視聴や閲読の履歴を基に、よく似た内容の動画や書き込みを表示していくわけだ。つまり一度陰謀論にハマると、どんどん別の陰謀論動画や書き込みを見ることになり、一層深く陰謀論にハマっていくことになる。 ●詐欺師の主力武器は「立て板に水」 が、問題は単に陰謀論者を「バカだ」「愚かだ」と罵り、排除することでは解決しない。 詐欺師の基本的な手口というのをご存じだろうか。詐欺師は、人にウソを吹き込んで自分の思い通りに行動させることで利益を得る。そのためには、だます相手にウソを信じさせる必要がある。 そのための方法論が「立て板に水」だ。詐欺師は、可能な限り流麗に弁舌を展開し、相手に口を挟ませない。疑問を抱く余裕を与えないためだ。 「彗星という、主に長楕円軌道で太陽を巡る星がありましてな。これが基本的に土砂混じりの氷のような、暖かくなるとガスになる物質でできていて、太陽に近づくと揮発した物質が長く尾を伸ばすわけでして、その尾の中に地球がすっぽり入り込むと大変なことになって――」ではダメなのだ。「ほうき星の尾ってのは、あれは毒ガスなんだよ。その中に地球がすっぽりはいると、そこらへん毒ガスだらけで、みんな死んじまうんだっ。そこでこのタイヤチューブだが……」と一気にまくし立てないといけない。 私見なのだが、「立て板に水」という詐欺の方法論は、霊長類の一種であるヒトという種の本能に対するハッキングなのだろう。