給与や待遇はすべて日本人スタッフと同じ--「彼らとやっていく以外に、飲食なんて成り立たない」、吉祥寺・ハモニカ横丁の今#昭和98年
卒業後は働きぶりを認められ、正社員として採用された。いまではビアホール「ミュンヘン」を切り盛りする。「13種類もあるんですよ」というヨーロッパのビールをグラスに注ぎ、客と冗談を言い合いながら、横丁を通る人たちに「2階広い席ありますよ、どうぞ」なんて声をかけている。常連客の中には、9年前からの顔もあるそうだ。 「いまではVICというより、自分の仕事だと思って働いているんです。この店で育った人間ですから」 同じネパール人のサビナ・タパさん(32)はいまや、横丁の名物おかみだ。毎晩「FOOD LABO」の前に陣取り、行き交う人々に声をかける。 「お通しありません。2階3階空いてますよ、どうですかあ」
親しげな口調と笑顔に、つい誘われる客は多い。「彼女の呼び込みであの店の売り上げが倍くらいに伸びた」と手塚さんも舌を巻く。 「日本人だったらさ、呼び込みでも『どうすか、いかがですか』って適当に言うだけでしょ。でも彼女は違う。この人に寄っていってもらうんだって情熱と確信をもって声をかけてるよね」 席が埋まってきたとみるや、今度はホールを慌ただしく縫い、注文をさばき、酒や料理をサーブする。とにかくずっと動いているのだ。 「生まれはゴルカなの(世界各地の軍隊で重用されているグルカ兵のおもな出身地)。だから強いよ、あっはっは」 彼女の原動力は子どもたちだ。荻窪にあるネパール人学校に通わせている。授業はすべて英語のインターナショナル校で、学費はなかなかに高い。それでも、少しでもいい教育を受けさせたい。 「だから頑張ってるんじゃん!」 サビナさんは笑顔でそう言い残し、またお客のもとに走っていく。
国を越えた近所づきあい
VICグループ以外にも、ハモニカ横丁には外国人が働く店がいくつもある。タイ居酒屋「アジア食堂ココナッツ」もそのひとつだ。代表の小林ポンティップさん、ニックネームなっちゃん(31)はいつも元気に路地を行き来する。お店だけでなく、横丁の看板娘なのだ。