赤ちゃんとパートナーを失い、食欲をなくしたパンダの「タンタン」に少しでも食べてもらうため…飼育員さんたちの「覚悟」
密かに園内で育てていた、「とっておきの竹」
タンタンはタイヤに座ると、置いてある竹に手を伸ばした。つかんでは、においをかいで置く、つかんでは、においをかいで置く、という動きを繰り返す。なかなか食べようとしない。やっぱり今日もダメなのか? あきらめかけたそのとき、タンタンがそれまでの孟宗竹とは太さの異なる細い竹を手に取り、においをかいだ。 クンクン クンクン そしてゆっくりと口に運ぶとモシャモシャと食べ始めた。実はこの竹、梅元が孟宗竹の間に隠しておいた根曲がり竹。根曲がり竹はタンタンのお気に入りだが、神戸の山にはほとんど生えていない。これは吉田たちが3年前から園内で育てている、とっておきだ。梅元は、孟宗竹がダメだったときに備え、根曲がり竹を密かに忍ばせていたのだ。 ムシャムシャ バリバリ 根曲がり竹がタンタンの食欲に火をつけたのか、続けて孟宗竹も手に取った。この日タンタンは、久しぶりにもりもりと竹を食べてくれた。 食後、気になる体重を確認すると85kg。前日に比べて2kg、増えている。お腹がいっぱいになると、こちらの心配などお構いなしにごろごろと横になるタンタンを見つめながら、梅元はうれしそうに目を細めた。
動物たちの「命」を預かっている
タンタンの世話をしていて、自分たち飼育員の思いどおりになることはほとんどない。それでも梅元は常に予測を立て、先回りして行動に移していく。言葉を話せないタンタンに対し、どんな小さな変化でも気づくことを一番大切にしている。 梅元良次が王子動物園の飼育員になったのは、ほんの偶然からだった。 王子動物園の近所で生まれ、子どものころから動物が大好き。おじいちゃんとおばあちゃんに連れられ、よく遊びに来ていた。 飼育員になったのは中学校を卒業した15歳のとき。定時制高校に通いながら、神戸市の職員に採用されると、王子動物園に配属された。 まさか、子どものころ何度となく遊びに来ていた王子動物園で働くことになるとは! 決まったときの驚きは、いまも忘れられない。最初に担当したのはフラミンゴ。その後ペンギンやアシカ、アリクイ、オランウータン、爬虫類などを経験し、タンタンの担当になったのは飼育員になって11年目のことだ。 誰もが注目するパンダを担当することになった緊張から、はじめのころは夜もよく眠れなかった。以来ずっと、タンタンの飼育をまかされてきた。そんな梅元には、飼育員としてひとつの信念がある。 ─自分たち飼育員は、動物たちの「命」を預かっている。 動物園は野生と違って、動物が自分の力で生きていくことはできない。動物が元気で過ごせるかどうかは、飼育員の判断と迅速な行動が大きな鍵をにぎっている。 タンタンが元気で過ごすためには、梅元と吉田がいつもタンタンの体調を整え、食べ 物を用意しなければならない。小さな異変も、決して見逃してはならない。梅元はどんなときもタンタンの命を預かっているという覚悟をもって、一日一日タンタンと向き合っている。 この後、偽育児の行動は少しずつ落ち着き、タンタンは普段の様子を取り戻した。竹を食べる量と回数も増え、体重もいつもどおりに戻っていった。
杉浦 大悟(NHK 専任部長)