赤ちゃんとパートナーを失い、食欲をなくしたパンダの「タンタン」に少しでも食べてもらうため…飼育員さんたちの「覚悟」
タンタンのため新鮮な竹を用意してくれた「竹取の翁」
もちろん、グルメなタンタンの厳しい要求にこたえるため、普段から数種類の竹を採ってきてもらっているが、いまはそれに加え偽育児の期間に入っているので余計、食べることへの興味を失っている。吉田はこれまでの経験と、山に生えている竹の生育状況などを考えた結果、新鮮な孟宗竹なら食べてくれるのでは、と予想を立てた。どの竹ならタンタンが食べてくれるのかは、与えてみないとわからない。それでも吉田は、経験に基づいてタンタンが食べそうな竹を予想する。 「おはようございます」 次の朝、軽トラックの荷台いっぱいに新鮮な竹を積んで、“竹取の翁”こと岩野が動物園にやってきた。 「これはおいしそうやね」 この日が休みの吉田に代わり、梅元が届いた竹の状態を確かめる。 「青々とした葉っぱを選んだつもりだけど、気難しいからなあ、タンタンは」 来日以来、ずっとタンタンのために竹を集めてきた岩野。そのグルメぶりに振り回される日々だが、それでも自分たちが探し集めてきた竹を、おいしそうに食べてくれるのは何よりもうれしい。 「タンタンの調子はどう?」 「変わらないねぇ。でもこの竹なら気に入ってくれるかも」 心配そうに尋ねる岩野に梅元はつとめて明るく答えた。
タンタンが起きるのをじっと待つ
岩野の軽トラックを見送ると、梅元は採れたての竹をパンダ舎にある竹専用の冷蔵庫に運び込んだ。ひんやりした室内には水が張られたポリバケツがいくつも置かれている。梅元は竹を種類ごとに分けて根元が水につかるよう置くと、一度控え室に戻っていった。 採れたての竹をすぐにあげるのかと思いきや、梅元はなかなか準備を始めない。タンタンの様子をじっとモニターで確認している。タンタンはいま眠っているので無理に起こして竹をあげても機嫌をそこねてしまうだけ。目を覚ますのを待つつもりだ。 偽育児で体重を落としているタンタンに、すぐにでも竹を食べてもらいたい。それでも、すべてのことはタンタンファースト。人間の思惑よりも、タンタンの意思を一番に考える。タンタンが自ら目覚めるタイミングを、梅元はただひたすらじっと待つ。 1時間後。ようやく目を覚ました。 「いまがチャンス!」 梅元はすぐに竹の冷蔵庫に向かい、採れたての孟宗竹を入れたバケツから特に青々と葉が茂ったものを手に取っていく。一本一本、いつも以上に時間をかけ慎重に選ぶと、ホースで葉っぱに水をかける。鮮度を保つと同時に、タンタンに竹と一緒に水分も補給してもらうためだ。準備を終えると、梅元は竹を肩に担いで屋内展示場に入っていく。どうかタンタンに、食べてもらってくれ─ 梅元は念じるように竹を丁寧に並べていく。 「お腹すいたでしょ、ごはんに行っといで」 梅元が扉を開くと、寝室のタンタンは首をもたげてゆっくりと起き上がった。偽育児 中のため、足取りは普段よりも重い。孟宗竹に近づいていくタンタンを、梅元は屋内展示場を見渡せるバックヤードの小窓から、祈るような気持ちで見つめている。