選ぶ基準は「長く使えるか」、料理研究家の大庭英子さんが使い続ける働き者の調理道具たち。
30年以上、切れ味が変わらない頼もしさ。
なんと30年以上も前に買った年代もののスライサー。真ん中の刃の部分を付け替えるカセット式で、これ一つで様々な切り方、おろし方が。「太めの千切りなどに便利。ボウルに直接のせて使っています」
使うほどに愛着が増す。大庭さんと道具との付き合い方。
料理研究家、大庭英子さんの仕事場を兼ねたキッチンは、さっぱりと整っていて無駄がない。たくさんあるはずの鍋類や調理器具はどこに? 「いいえ、道具はそんなにたくさん持っていないんです。一人暮らしっていうのもありますけど、いつかは捨てることを考えると、もう物を増やしたくないなという気持ちになります。器も、大きなものが好きだけど、最近はあまり買わないようにしています」 上で紹介したように、毎日の料理に使っているのは小鍋、ペティナイフなど、小さめで扱いやすく、大袈裟ではないシンプルな道具ばかり。もっと言えば、キッチンそのものの機能も最低限。ガスコンロは2口で充分に事足りるし、食洗機はなく、造り付けの食器乾燥機だけはありがたく活用している。 「一度にたくさん作ることがないですからね。作り置きはあまりしなくて、その日の分だけ、さっと作って食べています。夏なんて特にそう」
細部のつくりやサイズ感。ちょっとした個性が決め手に。
ずばり、道具を選ぶ基準は「長く使えるかどうか」。これは若い頃から一貫している。実際に20年、30年と使い続けていて、今は販売終了しているものも少なくない。 それだけシビアな目を持つ大庭さんでも、選んだものが全部当たりというわけではなかったそうで……。 「たまには失敗もあるんですよ。いいかなと思って買ってみても、いざ使うと、ああ、ダメだってすぐわかる。そんなときは、持っていても仕方ないので手放すようにしています」
おそらく道具と使い手とのあいだにも相性があり、合わないものは合わないけれど、幸福な出合いも。大庭さんが道具を気に入るのには、きっぱりとした理由がある。たとえば、揚げ物が大好きだからしょっちゅう使うという油濾し。口が大きく、ロートのような形状になっているのが、油を移すのに絶妙にいい具合なのだそう。また、「これでサバもおろせますよ」と手に持って見せてくれた包丁も、ペティナイフならどれでもいいわけではなく、刃が通常より2cmほど長いのがポイントだと使ううちに気がついた。 ちょっとした差異が決め手になる。売れているからとか、高級だからとかではない、自分にピタリとはまる道具探しの道は、なかなかに奥深い。 なるべく道具や器を増やさないようにしているという大庭さんが、その方針に反してなるべく買うようにしてきたものがある。かご、ざる、おひつなどの木の道具だ。 「作っている人がどんどん減っていますから、そのうち、ほしいと思っても買えなくなってしまうでしょう。私が好きで使っているかごなどは、作家が手がける工芸品ではなく、名もなき作り手による生活道具、民具です。そういう、なんでもないものほど手に入りにくくなっていて、残念です」 木の道具は手入れが大変そうなイメージがあるが、そんなことはないですよ、と大庭さん。 「湿気に弱いので、カビにさえ気をつけていれば、特別な手入れは必要ありません。棚の中にしまい込まず、出しておいて毎日使うのがいちばん。私はおひつをカウンターに出しっぱなしにしていますし、かごやざるは壁に掛けたり、棚の上に重ねて置いています。軽いから、上から落ちてきても危なくないんですよね」