中学が倒産、大学は入学を拒否。「日本にいるのに無国籍状態」からデロイトトーマツを経て起業【世界難民の日】
「ごめんな、大学受験できひんみたいやわ……」 塾講師の言葉を聞いた高校3年生の金辰泰(キム・ジンテ)は、個別指導塾でひとり悔し涙を流した。 【全画像をみる】中学が倒産、大学は入学を拒否。「日本にいるのに無国籍状態」からデロイトトーマツを経て起業【世界難民の日】 金は東京のとある私立大学への推薦入学を目指して塾に通い、入学要件である英語検定2級の資格を取得。要件を満たしたにも関わらず、申し出は大学により却下された。却下理由は、金が朝鮮学校に通っていたことだった。 出自によって憂き目にあうのは、これが初めてではない。誰に怒りや悲しみをぶつけたらよいか分からない、理不尽な出来事だった。
恩送りが生み出す、無償のIT教育・就労支援
金は2021年、30歳の時に一般社団法人 Robo Co-op(ロボ・コープ)を創業した。 世界中に存在する難民や、経済的に困難を抱えるシングルマザーなどを対象に、デジタルスキルをトレーニングし、教育から就労、起業支援をワンストップで行う組織だ。 取引先は、シリコンバレーの企業や日系企業、自治体まで幅広い。設立から1年足らずでUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からも後援を受けた。 Robo Co-opはその名の通り、株式会社ではなく協同組合(コープ)だ。メンバーは各国に散らばっており、オンラインコミュニティを通じて支え合いの輪を広げている。 参加したい人は、面接通過後に2000~3000円ほどの出資をし、組合員となる。すると5人1組のチームが組成され、ノーコードやローコードのIT技術を無償のグループラーニングで学ぶことができる仕組みだ。 民主主義的な意思決定を行うのも特徴的で、経営会議にはメンバーも参加する。出資の多寡を問わず皆が平等に経営に参画する権利を持っている。 驚くべきは、IT教育が無償で提供されるだけでなく、PCや生活支援も必要に応じて提供されることだ。 難民は身の安全を確保するために、着の身着のままで国外に出ることも多く、生活基盤が整えられないことがほとんどだ。シングルマザーも、子育てをしながら生活をするのに充分な収入を得たうえで、学びの時間を確保することには困難が伴う。 そんな人々が、早期に技術を習得して自立できるよう、生活サポートなども含む仕組みを構築しているというわけだ。特別なデジタルスキルがないメンバーでも、1年もあれば日本の平均所得に近い約400万円の理論年収を稼ぐことができるようになる。 もちろん、企業が難民やシングルマザーをいきなり直接雇用することは容易ではない。そこで、Robo Co-opでは企業によるアウトソーシングを通じて、メンバーに就労機会を提供する。企業にとっては、多様な才能のお試し機会にもなる。うまくいけばメンバーの直接雇用につながるチャンスも生んでいるのだ。 しかもRobo Co-opには、奨学金の返済義務はない。ただし所得が向上した時に、共に事業収益をあげていく中で"出世払い"をすると、将来の求職者の支援に充てられる。 先輩メンバーがメンバーのトレーニングを行うことも、Robo Co-opの特徴の一つだ。教育を行う先輩社員へも給与が支払われ、指導が仕事として成立しているという。 技術を習得して経済的自立に成功したメンバーが引き続き働いて、Robo Co-opに利益をもたらしたり、奨学金の出世払いをしたり、後輩の指導をしたりする"恩送り"で、Robo Co-opは持続している。 難民やシングルマザー同士が、出資し合い、助け合いながら稼ぐことができる、キャリアインパクトボンドの仕組みを実現しているのだ。