中学が倒産、大学は入学を拒否。「日本にいるのに無国籍状態」からデロイトトーマツを経て起業【世界難民の日】
留学のために3世代で国籍変更
入学後は立命館大学と、アメリカのワシントンDCにある提携大学にそれぞれ約2年間通い卒業ができる、単位互換性のデュアル・アンダー・ディグリー・プログラムにも合格。 日本では国際経営学、アメリカでは会計学を学ぼうと意気揚々と準備を進めたが、またしても問題が起きる。朝鮮籍が理由で手続きが遅れ、留学自体が困難となったり、卒業できなくなったりする可能性が出てきたのだ。 祖母を含めた3世代で家族会議が開かれ、一家は、金の夢を応援するために朝鮮籍から韓国籍へ変更をすることを決意する。「子に何かあれば死に目に会えなくなる」と、両親まで籍を変えた。 「在日の人々にとって、国籍を変えるということは大きな意味をもちます。そこまでして自分を応援してくれた家族には、感謝の気持ちしかありません。 しかし、『なぜ国籍を変えなければいけなかったのだろうか』と、今でもたまに思い返します」 家族の支えもあり、無事留学ができた金は、成績優秀者10名のみに与えられる奨学金を得ながら、本来なら2年半かかるカリキュラムを半年飛び級し修了。多忙な毎日を過ごしながら日本で就職活動をし、米国公認会計士の資格にも合格した。 人から見えない場所で途方もない努力をしたであろう日々を、「アメリカでの生活で、やっとタイムマネジメントを覚えました」と金は笑い飛ばす。
数千万円の自腹、母校も支援
金が新卒で入社したのは、「デロイトトーマツコンサルティング」だ。 入社してからはM&Aの専門家として、企業の戦略策定から契約交渉、統合までを手掛けた。「初めて社会に必要とされた気がして嬉しかった」と寝食を削りハードワークをした結果、5年連続で最高評価を得て、スピード昇進を果たした。 金が新卒入社をしたのは2013年のこと。ちょうどその頃、日本では「社会起業家黎明期」とも言える時代を迎えていた。グラミン銀行がノーベル平和賞を受賞したことや、マッキンゼー出身の小暮真久が始めた、先進国と発展途上国の食の不均衡を是正する「Table for Two」の取り組みに、金は刺激を受けた。 そのため、武者修行として入ったM&Aの部署から、デジタルの力でソーシャルの課題を解決するためにDeloitte DigitalとSocial Impact Officeへ異動し、社内の旗振り役を買って出た。同時に、NPO法人や国連の戦略策定といったプロボノ活動にも勤しんだ。 「世界の現状を知るたびに、いてもたってもいられなくて、社会起業家になりたいという気持ちがどんどん強くなりました」 金の盟友であり、株式会社MISSION ROMANTIC代表である森本萌乃は彼のことをこう評する。 「辰泰(ジンテ)は困っている人のことをそのままにできない。絶対に手を差し伸べる人。 『今日何してるの?』と予定を尋ねると、『今日は◯◯から難民の人が来日するから、空港に迎えに行くよ!』っていう返事があるんですよ。 人を助けるためにどこにでも飛んでいっちゃう。いつも誰かのために努力しているんです」 デロイト トーマツを退社し、夢だった社会起業家として一般社団法人 Robo Co-opを立ち上げた後も、金は自分の身を粉にした。 スタートからしばらくはメンバーが学びの期間に入るため、 Robo Co-opは利益を得られない。軌道に乗るまでは、金が私財を投げ打ってメンバーを支援した。口座からは、数千万円が消えていったという。 「蓄えがなくなったらコンサルのアルバイトのようなことをして、それをまたRobo Co-opに投資して……という繰り返しでした。 メンバーが増加してパソコンをいくつも購入したり、生活費を送りすぎたりした時には、家族や知人からつなぎ融資を受けてどうにかしのいだこともありました」 財政的な困難を抱えながらも、クラウドファンディングなども活用し、進み続ける金に手が差し伸べられた。 2024年6月、社会的価値と経済的価値の両方を追求する、立命館大学のファンド「RSIF」から1億円の資金調達に成功したのだ。Robo Co-opが社会的に果たす役割と価値は、徐々に認められつつある。