なぜ久保建英は待望の代表初ゴールにも笑わなかったのか…W杯当落線上にいる天才の初得点の意義
ゴールまでの経緯を振り返った久保は、試合後のフラッシュインタビューで「いやぁ、長かったですね。このまま一生、入らないんじゃないかと思うときもありました」と第一声を発している。本心だったとオンライン会見で認めた。 「代表に関しては、本当にそう思っていました。周りの選手がゴールを決めるたびに『自分がそのポジションにいたらよかった』とか、僕のシュートがブロックされるたびに『何で自分だけいつも』と思うこともあったので」 3試合を終えた6月シリーズを振り返れば、4-1で快勝した2日のパラグアイ代表戦は後半26分から札幌ドームのピッチに立ったが、シュートを放つことすらできなかった。6日のブラジル代表戦は、国立競技場のベンチで0-1の敗戦を見届けた。 「何で試合に出したくれないんだよと思いましたし、正直、めちゃくちゃキツかったですね。僕が出たらもっとやれていたと思いましたけど、試合に出てない僕がそれを言ったところで、ただの負け惜しみにしかならないので」 パラグアイ戦とブラジル戦を通じて、11月に開幕するカタールワールドカップを見すえた上での、森保ジャパンにおける立ち位置を突きつけられた。 昨年10月から主戦システムになった4-3-3のなかで、右ウイングの序列は伊東、堂安律(23、PSV)に次ぐ3番手に下がった。そして、主力の守田英正(27、サンタ・クララ)と田中碧(23、フォルトゥナ・デュッセルドルフ)が主力を担ってきたインサイドハーフでは、鎌田大地(25、アイントラハト・フランクフルト)と原口元気(31、ウニオン・ベルリン)がゴールやアシストという結果を残した。 「いろいろと考えるところがあって、上手く試合に入れなかった」 特にパラグアイ戦をこう振り返った久保は、代表での居場所がなくなると焦燥感を募らせながらプレーし、結果として自分のプレーに集中できない悪循環に陥っていた。 21回目の誕生日だった4日。宿泊しているホテルの部屋で「ちょっといろいろと考えました」と明かした久保は、実はひと筋の光明を見いだしていた。 「いろいろと吹っ切れて、そこからは練習でも自分がやれることをやっていこう、といった具合に見違えるほど軽くなったと感じていて。プレーも同じで、今日も軽くプレーできていた。21歳になって、自分のなかで何かがいい方向に変わったのかなと」 いったい何が軽くなったのだろうか。