恐ろしい…ジャック・アタリ氏が「人工化」を“脅威”と呼ぶワケ 人類が辿る〈自滅〉のシナリオ
2050年のアメリカは、経済、地政学、文化の面で支配的な勢力ではなくなる。ただし現状、同国の次に世界の経済と政治の「心臓」となれる国は存在せず、この「《心臓》なき《形態》」という袋小路を突き進もうとすると、人類は「気候」「超紛争」「人工化」という3つの致命的な脅威に直面することになる――。ソ連の解体やウクライナ危機など数々の世界的危機を予見してきた“欧州の知性”、ジャック・アタリ氏はこのように予測します。アタリ氏の著書『世界の取扱説明書』(林昌宏訳、プレジデント社)より一部を抜粋し、本稿では「人工化」について見ていきましょう。
----------------------------------------------- 読者は、大げさだと思うかもしれない。しかしながら、今後の30年間、無策と先送りに終始するのなら、人類は新たな「心臓」をつくり出すことができずに、「《心臓》なき《形態》」へと迷い込む。そこでは、自分たち自身が生み出す3つの脅威が具体化し、人類は身を守る術を見出すこともなく一掃されるだろう。 -----------------------------------------------
2050年ごろに顕在化する「人工化」の脅威
これまでに述べたように、歴史の転換点ごとに新たな人工物が開発され、人間はさらなる手段を得てきた。われわれは、自然、動物、植物、そして人間自身が人工化される段階まで辿り着いた。もし、人間が人工化されるのなら、人類は、人工物を製造する人工物の集合体になるだろう。 すでに述べたように、このような人工化は(世界が10番目の「形態」に向かうにせよ「心臓」なき「形態」に向かうにせよ)、当初は他愛のない形で現れる。つまり、経済の生産性を高め、サービスのコストを削減するためだ。だがその後、きわめて侵襲的になる。
健康管理の人工化
まずは、診断、予防、治療、痛みの緩和を可能にする技術が広まる。「自己監視」によって、誰もが自身の健康を、さらに多くの側面から常時監視できるようになる。人工知能を用いる遠隔医療が可能になり、誰もがどこでも待たされることなく診断および治療を受けられるようになる。 遺伝子操作は、急速な発展を遂げる。各人のゲノム情報を読み解くことによって、その人の健康リスクを正確に予測し、個別の予防策を講じることが可能になる。RNA(リボ核酸)を利用するワクチンや心疾患などの慢性疾患の治療法が開発される。そうなれば、医療組織全体に激震が走るだろう。だが、この激震に対する備えはできていない。 老化の生物学的な解明が進み、行動規範の遵守を課すことによって、老化を止めることはできなくても、遅らせることは可能になる。 遺伝性疾患のリスクをなくすという名目で、生殖細胞の遺伝的改変が始まる。移植手術のための臓器を確保するという名目で、遺伝的に新たな哺乳類が開発される。 究極的には、神経ネットワークに関する新たな知見を利用して、脳の人工化が試みられる。当初の目的は、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の治療だが、次第に人間に近い脳をロボットに搭載し、さらには、従順な人間を製造することになる。 このようにして人類はハイブリッド型のキマイラ〔ライオンの頭、ヤギの胴、蛇の尾を持ち、口から火を吐くギリシア神話の怪獣〕への道筋を歩むことにもなる。 クローン人間の製造も視野に入る。自分の意識をクローン人間に植え付けることも、可能になるだろう。欲望、少なくとも悪事に対する欲望のない人間の製造が試みられる。それとも逆に、無慈悲な殺人鬼がつくり出されるのかもしれない。