恐ろしい…ジャック・アタリ氏が「人工化」を“脅威”と呼ぶワケ 人類が辿る〈自滅〉のシナリオ
人工化の進行がもたらす「2つの甚大な影響」
【(1)現実とヴァーチャルの融合】 量子コンピュータの開発により、現実とヴァーチャルの融合は今日よりもはるかに早くできるようになり、両者を区別することは、ますます困難になる。ホログラムやメタバースの現実味は、さらに増す。次に、触覚や嗅覚をヴァーチャル化することにより、拡張現実から本物にきわめて近い現実へと移行する。認知症などの神経変性疾患のために開発された脳に埋め込む人工物は、人々の脳に偽の記憶を植え付けるために利用される。最終的には、現実は、ヴァーチャルと人工物の誘惑、威力、信頼性と比べ、偽物と見なされるようになる。 【(2)生物と人工物の融合】 生物そのものが徐々に人工化される。まず、機械式のロボットが飛躍的に進歩し、人間の行動を身体的にも心理的にも模倣するようになる。そして義肢(ぎし)によって、機械的にもデジタル的にも拡張された人間から、人工物の埋め込みによって、遺伝的に拡張された人間になる。チップの埋め込みと生物学的な修正との区別が曖昧になる。人間が女性の体外で製造されるようになると、男女の区分が不明瞭になり、無数の亜種が登場する。 ペット、家族、歴史上の人物は、それらに関する情報を基に、まずはホログラム、次に遺伝子操作によって蘇る。 1975年のアシロマ会議や1997年のオビエド条約によって生殖細胞の遺伝的改変が禁止されているのにもかかわらず、誰でも自己修復ができるようになり、自分のコピーをつくる。最後は自己をクローン化し、クローンと自分自身の判別がつかなくなる。 2050年の時点では、人間の知性メカニズムの理解および模倣、不老不死、人間の意識の人工的な再現、自意識のクローンへの移植はまだ不可能でも、人間の外観を持つ生身の超人は出現しているだろう。あるいは、労働者、使用人、奴隷として使用可能な産業オブジェは市販されているだろう。いずれにせよ、人類は、人工物の奴隷になっているかもしれない。 こうした生命の人工化は、不条理なディストピアではない。著書『世界の取扱説明書』では、作用する力が目的を成し遂げるという仮定で未来像を描いている。これまで紹介したように、これは2万年前に始まったサービスの人工化の歴史の一部であり、性欲と生殖を分離する膣外射精などによって受胎の仕組みが判明して以来始まった生命そのものの人工化に向けた長い進化の過程の一部だ。すなわち、煎じ薬、中絶、コンドーム、ピル、体外受精、生殖補助医療、代理母出産、ゲノム編集技術、メッセンジャーRNAと体細胞の改変、未熟児の保育技術、人工子宮などだ。 次に、遺伝性疾患の遺伝を避ける、あるいは生まれてくる子供の身体的な特徴を選択するという口実のもと、ヒト胚の遺伝情報の改変が行われる。さらに、子供は自然な生殖過程を一切経ずに母体外で誕生するようになる。そうなれば、人間は単なる人工物にすぎなくなる。こうした状況は、単なる妄想ではない。 人類が気候変動という自殺行為や戦争による絶滅を逃れるとしても、誰もが不老不死になろうとしている間に、人類という生物種は消滅する。