健康を左右するのは「地位」よりも「裁量」だった ストレスとはプレッシャーだけの問題ではない
1985年、マーモットはこれら2つの仮説を検証することにした。「ホワイトホールⅡ研究」〔訳注 1967年から行われた同様のホワイトホール研究を踏まえた命名〕を開始し、階級制と地位に特別に重点を置いて、健康状態の不平等を調べた。 ホワイトホールというのは、ロンドンのウェストミンスター地区にある通りの名前だ。そこには、イギリスの多くの官庁がある。この研究は、1万308人のイギリスの公務員を、公職にある間ずっと追い続ける作業に乗り出した。
■健康状態と昇進の程度の関係 同じ職業の人、それも、多くは同じ地位から始めた人どうしを比較することになるので、マーモットは他の交絡因子――どの効果が階級や階級制によって生じ、どれがそうでないかを突き止める邪魔になりかねない要因――の多くを無効にできた。それ以前の調査よりも、同類どうしを比較する度合いがはるかに高かった。 そのうえ、同じ人々を長年にわたって測定するので、マーモットは相対的な地位の変化が同一人物の健康にどのような影響を与えるかを目にすることができた。
「調査を始める時点で、特定の序列の人々を選び、その集団の昇進の具合をたどります。10年後に、そのグループの平均はどうなっているでしょう? それを見極めてから、それぞれがその平均よりも上か下か、言い換えれば、平均よりも成績が良かったか悪かったかを見てみるのです」とマーモットは私に言った。 マーモットのチームはこの方法を使い、同時期に公職に就いた人の集団、さらには同じ時期に同じ階級で働きはじめた人の集団までも追い続け、彼らの健康状態が昇進の程度との関係でどのように違っていったかを見ることができた。
それに加えて、公務員の給料の幅は民間部門の給料の幅よりも狭いので、お金はそれほど大きな要因にはならなかった。彼らは参加者を、最初は1985年に、その後は2~5年ごとに調査した。 マーモットがデータを調べると、大まかではあるが明確な関係が見つかった。階級制の上位ほど、死亡率が低かったのだ。マーモットはこれを、「ステータス症候群」と呼んでいる。 最も低い階層にいて、そこにとどまっていた人は、より高い権力階層に上った人と比べて、死亡率が3倍だった。これは一見すると不可解だ。ストレスの大きい仕事と健康状態の間にあると思われる関係に反するからだ。